Hisakazu Hirabayashi * Official Blog

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昨日の夕方のことでした。
ショックでした。
東京ゲームショウ2013からの帰路で任天堂・山内溥前社長の訃報に接しました。
謹んでお悔やみ申し上げます。

頭が混乱したまま、NHKのインタビューを受けました。
「カルタ屋」を世界的企業へ 山内氏を貫いた世界観は
との題でコメントが掲載されております。

改めて自分の言葉で文章を書き、Yahoo!ニュース|個人に原稿をアップいたしましたのでお知らせいたします。

日本ゲーム産業の父、任天堂・山内溥前社長死去
http://bylines.news.yahoo.co.jp/hirabayashihisakazu/20130920-00028259/


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E3 2013報告 ゲーム機の新時代は保守主義

E3に来ています。
注目の次世代ゲーム機について記事を書きました。
難しい方向に話を持っていってしまいました。
今年、2月からはじまった次世代ゲーム機の発表、そして実際にE3に来てみると、保守、保守主義というキーワードが頭の中をちらついてしかたなく、こんな内容になっております。

E3 2013報告 ゲーム機の新時代は保守主義
http://bylines.news.yahoo.co.jp/hirabayashihisakazu/20130612-00025639/

下の写真はプレイステーション4が中古ソフトを規制しないと発表した場面。
カンファレンスでは、すごい盛り上がりでした。
場内で一番歓声が大きかったのは価格を発表したとき、二番めはこのスクリーンが出た場面でした。
旧世代機と何が違うかのアピールではありません。
新世代になっても変わらない、との説明。
本稿と趣意は異なりますが、この歓声は保守層の叫びに聞こえました。

second.jpg

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将棋・電王戦について記事を書きました

Yahoo!ニュース|個人に原稿を書きました。

コンピュータと人。頭脳の対決。名勝負が続く将棋・電王戦
http://bylines.news.yahoo.co.jp/hirabayashihisakazu/20130414-00024395/

日本的美徳がファンを魅了した。将棋・電王戦
http://bylines.news.yahoo.co.jp/hirabayashihisakazu/20130421-00024503/

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故・飯野賢治氏を偲ぶ

昨夜は打ち合わせののち会食があり、帰宅したのは深夜だった。
家に着きメールを見たときに訃報を知った。
全身から力が抜けていくようだった。
最近は健康に留意しているはずだったのに、まさか。
とっさにニュースサイトを閲覧すると、現実を突きつけるように「ゲームクリエイター、飯野賢治氏が死去」の文字が目に飛び込んできた。
個性がいっぱい積み上がった人生も、死を報じる記事になると、ものの30秒で読めてしまう。あっけない。はかなさが再び込みあげてきた。

飯野賢治といえば「風雲児」「寵児」と評されることが多かった。
プレイステーション用のソフトだった『エネミー・ゼロ』を、イベント会場で電撃的にセガサターン向けに変更すると発表。1996年の出来事は「事件」として取り上げられた。

こんなエピーソードとともに、暴れん坊とも言われた飯野賢治氏だが、その実像は世間の評判とは異なる。
実際につきあってみると、きわめて礼儀正しい、律儀な人だった。

たとえば一緒に食事をする。
いつでも定めた時間よりも早く待ち合わせ場所に着き、同席者に気を配り下座に座る。
椅子席でも座敷でも背筋をシャンと伸ばして同席者を待つ。携帯電話を持つこともなく、手は両膝に置く。そのたたずまいは、熟達した茶道家のように美しく、凛としていた。

食事がはじまれば、会話が弾むわけだが、飯野賢治はいつも相手が話をしやすくなるよう心がけていた。トークイベントで見せる饒舌にして能弁な彼とは、まったく違う側面を見せる。話をしている相手の正面に身体を向け、ていねいにうなずき、相槌を打つ。傾聴する心が、全身から常ににじみ出ていた。

飯野賢治と私の会話では、よく「正常進化」という言葉が使われた。
物事すべてを見るときの絶対的な価値基準といっていい。
進化しているか、していないか。
進化しているならば、それはいびつな進化か、正常な進化か。
まずは「正常進化」という理想を思い描く。つづいて「正常進化」という最善の状態にするには、どうすればいいのかを考える。「正常進化」のために実行をする。これが職業人・飯野賢治のポリシーだったように思える。

2000年代に入ってからは、飯野賢治はゲーム開発よりも、企業活動全体のプランナーのような仕事が増えていった。大手企業の新規事業を立ち上げる、巨大商業施設のマーケティングプランを考える、新製品のブランディングをする、などである。これらの仕事をするときも飯野賢治の肩書きは「ゲームクリエイター」だった。

ある人が尋ねた。
「ゲーム以外の仕事をしているのに飯野さんはどうしてゲームクリエイターなんですか」。
「クライアントが抱えるどんなに難しい課題を解決するよりも、ゲームをつくるほうが難しい。逆に言うと、ゲームをつくれる人はなんでもできる。ゲームクリエイターという肩書きのまま、クライアントと接するのは相手に信頼感を与えていると思うし、ゲームをつくれる人は、どんな難題も克服できる人だということを、僕の肩書きで証明していきたい。だから、肩書きはゲームクリエイター以外、考えられない」と答えた。

飯野賢治はよく言った。
「人は他人が誉めないところを誉められたい」。
それが人間の本質ではないか、と。

訃報に接して、多くの人が飯野賢治の武勇伝を語っている。天才だった、傑物だったという声も聞こえてくる。私はこの場を借りて、他人が誉めないところを誉めさせていただきたい。

飯野賢治は礼儀正しく、おとなしく、いつも周囲への気配りを忘れない、やさしい人だった。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。




Twitter社、共同創業者 Biz Stoneとの対談より







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スーパーライトユーザーを開拓したLINEゲーム

記事を公開しました。

スーパーライトユーザーを開拓したLINEゲーム
http://bylines.news.yahoo.co.jp/hirabayashihisakazu/20130128-00023253/

linepop.jpg


個々のコンテンツよりも伝播するしくみ

無料通話アプリLINE。全世界で1億ダウンロードの威力が「LINEゲーム」にもおよぶ。 NHN Japanは、パズルゲーム『LINE POP』が2000万ダウンロードを超えたことを2013年1月25日に発表した。「LINEゲーム」には現在、『LINE POP』を含む12タイトルがラインナップされている。これら累計では7000万件以上がダウンロードされた。

「LINEゲーム」の普及の速さは過去に例を見ない。原動力はコンテンツではなく、サービスの構造にある。コンテンツ、つまり個々のゲームのみを切り取ってみれば、目新しさはない。それでもなお、ダウンロード数が激増したのは、LINE特有のしくみによるところが大である。

「LINEゲーム」ではLINEでつながった友だちを招待すると有利にゲームが進む。たとえば『LINE POP』では1プレイでハートを1個費消するが、このハートは友だちがゲームに参加すると増やすことができる。このように、プレイヤーをねずみ算式に増やしていくしくみが、ダウンロード数を増加させた。SNSのつながりを用いた紹介システムは、他のソーシャルゲームにもあった。だが、LINEの場合は、電話帳に登録された実名情報であるために、伝播力はなおのこと強い。SNS上で知り合っただけのニックネーム、ymdhnkさんの勧誘ならば無視できる。ところが実生活で親しくしている山田花子さんの誘いであれば、「断れない」の心理が働くからだ。

「LINEゲーム」の爆発的なヒット。ここから何を学ぶことができるのか。ノンフィクションの魅力だ。コンテンツが素晴らしいフィクションを描かなくても、現実社会をスマートフォンに凝縮して映し出すようなノンフィクションが、プレイヤーの気持ちをくすぐる。「LINEゲーム」を遊びたくなる理由、画面の中では希薄である。しかし、画面の外側は濃密だ。私の紹介に誰が応じてくれたかがわかるドキュメンタリー、ゲームが苦手そうなあの人が高得点! のようなニュース。身の回りの人間たちが、事実という名のドラマをつくる。

このような構造とともにヒットした「LINEゲーム」で何よりも重要なのは、とっつきやすさだ。『LINE POP』『LINEバブル』『LINE ZOOKEEPER』など。「LINEゲーム」には古典的なゲームを焼き直したかのようなタイトルが並ぶ。ゲームを遊び尽くした人にとっては、どれも物足りなさを感じるだろう。そのせいかiTunes Store、Google Playのレビューで集める星の数は少ない。だが、レビューを書くことなどしない人たち。授業後の約束や、アルバイトの時間調整のコミュニケーションで忙しい合間に、数分間だけゲームをする人たちにとって、今のあっさり味がちょうどいい。



以下は下記をお読みください。
"スーパーライトユーザーを開拓したLINEゲーム">スーパーライトユーザーを開拓したLINEゲーム
http://bylines.news.yahoo.co.jp/hirabayashihisakazu/20130128-00023253/

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Huluはいい!

hulu_icon.jpg


Yahoo!ニュース「個人」に原稿を書きました。
タイトルは直球すぎるでしょうか。

Huluはいい!
http://bylines.news.yahoo.co.jp/hirabayashihisakazu/20121228-00022855/

ブログでは本稿の補足説明をします。

「ああ、自由」を強く感じるのは、トイレの中だ。

これは実体験にもとづきます。
Huluの企業スローガンは「Anywhere, Anytime」とスカシタことを言っているわけですが、そこにはトイレも含まれる。そしてこの瞬間は、いかにも広告で描きがちな、オシャレなカフェで、通勤電車内で‥‥よりもはるかに現実味があるメリットだと思うのであります。

老いているので、すべて見た頃には最初のストーリーを忘れているから、もう一度見直す。

私、「老い」をからかうような描写は大嫌いなのですが、これも実話です。
我が母のことなので、躊躇なく書いてしまいました。
母は戦時中の生まれで、子ども頃は食糧難を体験し、「昔は白米が食べられなかった」が口グセですが、今は午後のひとときに、PS3かApple TVで『刑事コロンボ』を観る幸福な日々を過ごしています。

すでにHuluの加入者であったとしても、意外と知られていないアカウントホールド。

私の周囲には、当然のごとくHulu利用者がたくさんいます。
この機能を知らない人に複数名出会ったので書きました。
詳細は[ヘルプ]→[アカウントと設定]→[アカウントホールド]にて。

そして、相手がアップルでも、マイクロソフトでも、ソニーでも、任天堂でも、これら企業が発売するハードをHulu再生装置にしてしまう交渉力。

ゲーム機を例に挙げると、PS3、Xbox360、Wii Uにアプリを供給しているHuluの全方位外交能力はすごい。また細かな話ですが、PCの主要ブラウザのすべてで見られるのもいいことです。

驚異のマルチデバイス対応型シームレス動画コンテンツ管理システムだ。

ここは頭を使って書きました。Huluの解釈を拡張すると、巨大なシステムなのではないか、との考えにいたりました。この思考にたどり着いたのがうれしくて、わざと長ったらしい文章にしてしまうのは、私の悪いクセです。

日本の放送局、番組制作会社、映画会社が束なれば、Huluと同じことができた。だが、束なる発想もないまま、今を迎えてしまった。

厳密に言うとこれはウソです。発想ぐらいはありました。でも、みんなできないだろうって最初から諦めていた姿を私は横から見ていました。余計なことを補足すると、テレビ局の社員で、インターネットの仕事をするのは主流から外された的な風土があって、動画配信を真剣にやろうというムードはなかったように思えます。

放送局を横断的につないだサービスとして、2012年4月、NOTTV(ノッティーヴィー)が開局したが、こちらは視聴できる端末が少なすぎてお話にならない。日本初スマホ向け放送局のコンセプトも意味不明。

NOTTVを思いっきりDisってしまいました。どうして「お話にならない」のか。なぜ「コンセプトも意味不明」なのか。明らかに説明不足です。結論を急ぎ過ぎた、おかしな文章です。でも、特に説明しなくてもいいんじゃない? 記事を読んでいる人は、同じことを考えていることを想定して甘えてしまいました。NOTTVを愛している人がいたらごめんなさい。

初代iPadと日本語対応したアマゾン・キンドルが発売された2010年、「電子書籍元年」と叫ばれた。時代がかった「黒船来襲」という比喩が頻繁に使われた。

ちょっとマスコミ批判です。電子書籍のときは大騒ぎでした。カタチがはっきりとしていたからでしょうね。HuluはiPadやキンドルのようなカタチではなくて、意味です。その衝撃は電子書籍並みに大きいと思うのですが、危機感煽り屋さんたちも、Hulu日本上陸のときは、ノーマークだったように思えます。もし、きっちりとマークしていて、Huluは黒船だ! と言っていた方がいらしたら、それはそれで慧眼なので、これまたごめんなさいと謝っておきます。

アップルとアマゾン。端末と巨大なオンラインストアを持つ2社が、著者と直接契約をして版元を「中抜き」することを出版業界は警戒した。その警戒体制は今も続く。

超具体的に言いますと、『MAKERS―21世紀の産業革命が始まる』(著/クリス・アンダーソン)が紙の本だと1995円、キンドル版ならば半額くらいにしてほしいなーと思っているのに、1714円で売られている、という話です。

2013年の年の瀬、「Huluはノーマークの黒船だった」と、レンタルビデオ、放送(特に有料放送)など、映像にかかわる業界関係者が嘆く姿が目に浮かぶ。

ずいぶんと陰気臭いオチになりました。ヘタな希望を書いてもうそ臭いので、悩んだ末、この歯切れの悪い結びのままにしました。Huluを使っていると、これ、レンタルをしていたらいくらになるのだろう? てなことを考えて、レンタルビデオ店というよりは、月額固定費用を払うポスレンですね。ポスレン解約、それと括弧内でわざわざ(特に有料放送)と書いたのですが、CATV、BS・CSのやはりサブスクリプション型の放送はHuluと市場でガチでぶつかると思うのであります。これは今年のE3で知ったことなのですが、インターネットで番組視聴をするので、CATVを解約する人のことを、「コードカッター」と呼びます。

本稿を書き上げ、勢いのままブログも書いたら砕けた文体になってしまいましたが、今年のエントリーはこれで最後になるかと思います。
皆さま、良いお年をお迎えください。

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『隣り合わせの灰と青春』・電子書籍で復刊!

ダンジョンRPGといえば聞こえはいい。
今から30年以上も昔のこと。
コンピュータは悲しいくらいに力不足だった。
ゲームの背景に、絵柄を描くことすらできない。
何もできない。
コンピュータが何もできないということは、そこを真っ黒にするしかない。
『スペースウォー!』『スペースインベーダー』。
黎明期のゲームに、スペース(SPACE)がついた題名が多いのは、殺風景な黒い背景を宇宙の色に見立てたからだ。
黒の見立ては、もうひとつあった。
黒、そこは洞窟内の暗闇である、という設定もなかなか好都合であった。
ダンジョンRPG・『ウィザードリィ』がその代表作だ。

1980年代の終わりの頃、アメリカ生まれのPCゲーム『ウィザードリィ』がファミコンで遊べるようになった。これは原作をしのぐほどの傑作で、ゲーム専門誌の編集者だった私は、ただ紹介記事をつくるだけでは物足りなかった。

『ウィザードリィ』をプレイしていると誰もが感じる想像の広がり。
活字の力で、さらに想像を膨らますことを仕掛けたい、という熱情に駆られた。
いわゆるノベライズであるが、もっとスケールの大きな。具体的に言うならば、ゲーム枠外のことを、ゲームの枠内のルールに準拠して、作者が創作をしていることを目指した。

誰が書いてくれるだろう? 
迷いのなかで出会ったのが、のちに筆名・ベニー松山となる、19歳の青年だった。
彼は他誌に『ウィザードリィ』のことを書いていた。
一読しただけで文才があることが伝わってきた。
彼に書いてほしかった。男が男を口説いた。
『ウィザードリィ』の小説を書いてもらえないか? と話を持ちだしたのは、私が23歳か24歳の頃だった。

書き手との打ち合わせを重ね、編集部内のページ取り、連載のデザインフォーマットとイメージビジュアルの作成などなど。これらの段取りを経て、いよいよ連載開始となった。

締切日の深夜、ファクシミリが編集部に届いた。
横書き用の200字詰め原稿用紙だった。

 そこは、漆黒の世界であった。
 一筋の光とて存在しない、冷えきった地の底の世界。


この2行を読んだだけで、私の躰は震えた。
ただの真っ黒い画面を迷宮にしたてた『ウィザードリィ』の作者も作者だが、その黒をどう文字で表現するか。もう一度書くが、

 そこは、漆黒の世界であった。
 一筋の光とて存在しない、冷えきった地の底の世界。


完璧な黒の描写だった。人の手が書いたものではなく、神が「答え」を授けてくれたような気さえした。書き出しで圧倒された私は、じつは処女作である彼の小説に引きこまれていった。
デスクに座ることなく、ファクシミリの受信機の前で連載初回の原稿を一気に読んだ。
原稿用紙から、才能という名の蒸気が湧き出ているようだった。

私は、中学生の頃から、いつか小説を書きたいと思っていた。
この思いは、ハタチを過ぎても変わらなかった。いかにも浅知恵の学生にありがちな短絡思考で、学校を卒業したら出版社で働けば小説家になれるのか。その程度の志望動機で社会人になった。

だが、その夢を打ちのめしたのは、ベニー松山『隣り合わせの灰と青春』、連載初回の原稿だ。文章の構成力、語彙力、リズム感、何をとっても私は負けている。

悔しくなかった。自分の才能のちっぽけさが、呆れて笑えるような気がした。そして、それは不思議と快の感情であった。気持ちよくて気持ちよくてしかたないほどの敗北をして、私の人生設計は、組み直しをしなくてはいけないことになる。

私は、ひとりの大学生をベニー松山にしてしまった。他人の人生を変えてしまった。
だが、彼もまた、私の人生を変えた男なのである。
お互いに人生を変えてしまったコンビなのかと思う、今日、この日。
『隣り合わせの灰と青春』が電子書籍となって復刊された日です。

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bccksについて
http://bccks.jp/about/bccks

『隣り合わせの灰と青春』
http://bccks.jp/bcck/109170/info

迷宮書店
http://bccks.jp/store/dungeon

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