任天堂……宮本茂という天才は天才ではないと自覚できる天才
岩田社長、同様、おつきあいの期間は長いです。
初めて電話でお話したのは、1986年2月のこと。
当時、社会人一年生。
駆け出しの編集者だった私は、実績がない、無名である、どころか「無」のような新人君でした。
たまたま、『ゼルダの伝説』(ディスクシステム版)について、電話で話をする機会があって、当時の宮本さんは、30歳代前半の任天堂・情報開発部の係長さんでした。
「新人」と「係長」の会話で鮮烈に覚えていること。
宮本さんの口調の第一印象は、とても柔和。
しかし、主張すべきを主張する“押し”の強さもすごくて……でもそれは、強引な自己主張ではなく、なにかへの「愛情」や「情熱」や「芯の強さ」に支えられた“押し”であり、嫌な気分どころか、すがすがしい気分になった記憶があります。その会話の内容は、とある交渉事だったのだったのですが、私は、あっさりと全面降伏しています。
現代風に言うと、宮本さんはアサーティブなコミュニケーションの達人ということでしょうか。
お人柄だけではない、もちろん数々の作品――という呼び名は不正確ですが、あえてそう呼ばせていただきます――を遊び、私は心底から宮本茂という人物を尊敬するようになりました。
「新人」と「係長」が、「入社4年生」と「課長」になった頃でしたか。
同じく雑誌のインタビューで、宮本さんに「天才」という呼びかけをしたら、ものすごく丁寧に、その私の考えをたしなめられたことも記憶に残っています。
質問者○…「あなたは天才ですね」。
回答者○…「いえいえ、それほどではありません。周囲の皆さんのおかげです」。
これはよくあるインタビューのカタチですが、一種の日本文化、世界共通の文化なのでしょうか。
「私は天才だ!」と言いふらしていた、サルバトーレ・ダリなどは例外で(笑)、えてして天才は自分のことを天才と呼ばないものです。
ですから、当時の宮本さんも、そのたぐいの照れ隠しや謙遜をなさっているのかと思いました。
しかし、よくよくお話をうかがうに、そんなケチくさい照れ隠しや謙遜をしているのではない。
私のモノの見方を、考え方を、やさしく、わかりやすく、まさに、さとしてくださったのです。
「ゲームクリエイターとしてみたら、私(=宮本茂)より才能のある人は、たくさんいます。ですが、私は任天堂という大きな会社で、他社の人より大きな予算をもらい、長時間の開発期間が与えられ、優秀なスタッフに囲まれている。しかも、同じ会社でハードウェアも開発しているので、その性能や特徴の情報が、誰よりも早く知ることができ、ときにハードウェア設計者に、『こうしてほしい』とリクエストすることさえできる。つまり、私個人が天才なのではなく、私の置かれた働く環境が良好なのです」
「平林くんのように、メディアの仕事している人間は、私を天才と持ち上げるのではなく、私以外の人の環境、その環境を良くすることに力をさくべきなのです」
……という意味のことを、もうちょっと穏やかな京都弁で言ってくださいました。
ただの形式的なインタビューの答えではない、業界全体を俯瞰したうえでの自己のポジションの認識。そこから発展して、メディア人の果たす役割についての、ご忠告をいただいたのです。
今、私はゲーム会社、その他の業種を含めて、モチベーション・オリエンテッド・カンパニーなどと呼んでますが、まさに、組織環境を良くするためには、どうしたらいいか? そんなことばかり考える人間になっています。
その境地にたどり着くまでの遠因に、「私は天才にあらず、成果は働く環境がもたらす」という宮本さんのお言葉があった、と自覚しています。
ここで、改めて御礼を述べたいと思います。
ありがとうございました。
昨日拝見した、『Wii Music』は良かったです。幼稚園の子どもたちが、本当に楽しそうでしたね。日本と世界の音楽の“環境”が、まさに宮本さんのお力によって変わるでしょう。ゲームソフトの売上ではなく、10年先、20年先の子どもたちが、どんな音楽の作り手になるのかが、楽しみになって、昨日はバカみたいでしょう、会見を見ながら、私、目頭を熱くしておりました。
ものすごい実績ある方が、自由に決裁権を持って、念願の……自分の好きなことを作品にして、俗に言う大コケをする例を……悲しいかな、私はいっぱい見てきました。かくいう、私だって「好き」が「失敗」につながって、深刻に悩んだ時期もあります。
でも、宮本さんと『Wii Music』の関係は違う。
宮本さんは大の音楽好きです。
確か、学生時代からブルーグラス(Bluegrass music)のバンド活動をし、弦楽器がお好きでした。普通のギターだけではなく、バンジョーもお弾きになられたかと記憶しています。
そうです。金沢市主催のトークイベントでご一緒させていただいた際、マジメそうなお役人様たちとの食事会のあとの2次会で、私は宮本さんの生演奏……というのを聴かせてもらったこともあります。宮本さんの音楽好き、演奏好き……は筋金入りです。
「好き」を「作品」にするのは諸刃の剣です。
昨日のプレゼンテーションでは、音楽の専門用語がバンバン出ていましたが、『Wii Music』という作品は、つくり手の思い入れが見事に抑制されていて、生意気ながら、宮本さんご自身の心のコントロールが大成功した、また新しいタイプの功績を拝見できたな、と思いました。
『Wii Music』は、宮本さんにとって過去に手がけられたどのタイトルよりも「好き」なんだろうな、とも思いました。
宮本さん、もし無人島に自分がつくったゲーム一本持って行くとしたら、『スーパーマリオブラザーズ』でも、『ゼルダの伝説』でもなく『Wii Music』を持って行く気がします。

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