Hisakazu Hirabayashi * Official Blog日本の四季

残酷な無垢

この2日間、メリークリスマスと言ったり書いたりしていると、25日の夕方あたりから、そろそろそんな時間帯ではないだろう、と思えてきて、いわゆる体内時計が働いているのを感じました。

今度は「お正月」ですね。

お正月には餅食って 腹を壊して死んじゃった 早く来い来い霊柩車♪

子どもの替え歌って残酷ですね。
こんな歌詞を大声で唄って。

子どもの心には天使と悪魔が宿っている、と考えていたのは若き頃の私。

学習したわけではありません。
自分が親になって、子どもって残酷になれるからこそ無垢なんだ、と気づいたんです。
オトナになるって、残酷さを仮面で隠すことでもあるんですね。
そして、無垢ではなくなっていく。

良い悪いではない、「そういうもの」なんでしょう。



アイコン
posted by Hisakazu Hirabayashi

Twitterはコチラ。Facebookはコチラ。メールフォームはコチラです
スポンサーサイト

葉桜と魔笛

hazakura.jpg


桜が散った。
この季節になると、読みたくなる小説がある。
題名は『葉桜と魔笛』。
太宰治の短編小説だ。

最近の文章は、上の四行のように、ひとつの文を短くするのが主流だ。

ミステリー小説も。
スポーツ新聞も。
ビジネス書も。
エッセイも。
ブログも。
論文も。

ダラダラと「、(読点)」をつなげて書くと先生や編集者に怒られる。
だが、太宰治の女性一人称で書いた小説は、読点がどんどんつながって、息の長い文章になっているのだが、それがまた、なんとも、女性特有のとりとめのない独白らしい、良い味を出している。

たとえばこんな風に、だ。

いまから三十五年まえ、父はその頃まだ存命中でございまして、私の一家、と言いましても、母はその七年まえ私が十三のときに、もう他界なされて、あとは、父と、私と妹と三人きりの家庭でございましたが、父は、私十八、妹十六のときに島根県の日本海に沿った人口二万余りの或るお城下まちに、中学校長として赴任して来て、恰好(かっこう)の借家もなかったので、町はずれの、もうすぐ山に近いところに一つ離れてぽつんと建って在るお寺の、離れ座敷、二部屋拝借して、そこに、ずっと、六年目に松江の中学校に転任になるまで、住んでいました。


文章の味わいだけではなくて、ちょっとした謎解きのようなところもあって、この小説が本当に好きで、また読み返してしまった。

青空文庫で読めます。
こちらです。

は、春……

green1.jpg

green2.jpg


土曜日ですが、もう仕事場で働いております。
通勤といっても徒歩数分なのですが、その間に、歩きながら写真を撮ろうと思いました。
モニターの中に入り込んでしまっている自分の視線を、自然に向けたくて。
すると、草のひとところに新緑が染まっていたり、路上脇の鉢植えに小さな花が咲いていたり。
春を感じました。

話はまったく飛びますが、飛びすぎるほど飛びますが、スウェーデンの自動車メーカー「サーブ」が、事実上経営破綻したのはショックでした。

クラウディウス2世、国生さゆり、盛田昭夫たちのバレンタインデー

あ、バレンタインデーだ!
今朝になって気づきました。
それで、何が頭を駆けめぐったかというと、国生さゆりの『バレンタイン・キッス』。
と、女性にモテナイ、時代遅れのオジサンのような気分で迎えた2月14日の朝です。
でも、なんか、いいでしょ。
この無謀なまでの明るさ!



この曲を一回聴いたら、気が抜けてしまって(笑)。
これでエントリー終わりでもいいのですが、いちおうバレンタインのお勉強をしようと思い、Wikiを開いたら、まあー、上の動画とは別世界のような、難しいことが書いてあって、読むだけでエネルギーを使ってしまいました。そこから、重要な情報を見いだし、編集し、解釈し、自分の見解にしよう、などとは思えませんでした。

「ローマでは、2月14日は女神ユノの祝日だった。ユノはすべての神の女王であり、家庭と結婚の神でもある。ローマ帝国皇帝クラウディウス2世は、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるという理由で、ローマでの兵士の婚姻を禁止したといわれている」……などと塩野七生風の文体が炸裂してます。おニャン子クラブとは大違い。

でも、ひとつだけ気になる記述があって、「ソニー創業者の盛田昭夫は、1968年に自社の関連輸入雑貨専門店がチョコレートを贈ることを流行させようと試みたことをもって『日本のバレンタインデーはうちが作った』としている」は初耳でした。

出典は2007年2月3日北海道新聞一面、「卓上四季」よりだそうです。

自分らしく異端の道を歩む、 庭に咲く哲学者

higanbana.jpg

私の実家の庭に咲いている彼岸花です。
伯母は「きれいな色ね」と喜び、母は「私は気持ち悪い」と、のどかな彼岸花論争が起きています。

彼岸花の別名は、曼珠沙華。
曼珠沙華は、普通、「まんじゅしゃげ」と読みますが、「まんじゅしゃか」とも読みます。
少年時代に聞いた、山口百恵が唱った「曼珠沙華」(前回エントリー参照)は“マンジューシャカ”だったので、そんなことを知っています。調べれば、語源はサンスクリット語で“manjusaka”だそうです。

二十才の記念碑 曼珠沙華




この花の仏教上の意味は「天上の花」なのですが、別名は恐ろしいのがいっぱいあって、「死人花(しびとばな)」「地獄花」「幽霊花」「剃刀花(かみそりばな)」「狐花(きつねばな)」「はっかけばばあ」「毒花」「痺れ花」……それはもう、かわいそうな名前ばかりです。

東京都福祉保健局健康安全室からも毒草として、嫌われているみたいです。

さらに、にわか彼岸花研究家は、こんな発見もしました。
彼岸花は、一年の生き方が他の花とは一線を画す、個性派なのです。
というか、正反対。

彼岸花は、初夏の頃に葉を枯らします。
秋になると、ご覧のように咲き乱れ、冬になると葉を茂らせます。
春に光合成をして、夏休みをとってから、再び秋に爆発的に開花!

花言葉は……
「情熱」
「悲しい思い出」
「独立」
「再会」
「あきらめ」

賛・否と善・悪が混在し、奥が深いです。
彼岸花。


彼岸花は自分探しなんかしない、自分らしく異端の道を歩んでいます。
庭に咲く、孤高の哲学者のようです。

私がつくった彼岸花の別名は「哲学花」。
いや、6音で語呂が悪いから「哲学の花」。
我、想う、ゆえに彼岸花あり。


FC2 Blog Ranking
株主優待
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。