Hisakazu Hirabayashi * Official Blog2009年05月

アダルトビデオから農業へ

  • Day:2009.05.31 00:08
  • Cat:働く
昨日ご紹介した、「農家の台所」・ 恵比寿店は、国立ファームという会社が経営している。

この企業のホームページに社長挨拶のコーナーがあるが、ここに登場する社長の名前と顔に記憶がある方がいらっしゃるのではないだろうか。

日本テレビ系列で放映していた、『マネーの虎』の審査員をやっていた高橋がなり氏。
ソフト・オン・デマンドという、アダルトビデオメーカーの社長が、同社を退任後、はじめたのが国立ファームだったのである。



素晴らしい転身、人生第二のステージだと思う。
スポンサーサイト

おいしくて、情熱がある「農家の台所」

昨日、打ち合わせランチで、今までに言ったことのない店に行った。
「農家の台所」・ 恵比寿店だ。

同店はネットでも、近隣に住む人の間でも評判になっていて、一度行ってみたいと思っていた。
昨日も隣のシートには、「鎌倉からやってきたのよ」と言うおばさまが、いらしていた。

入り口はレストランのようではない。
まず、野菜が置いてある、保冷室を通って行かなくてはいけない。
保冷室だから、当然、寒い。
寒い思いをして、何で食事するのだろうと一瞬、思う。

だが、一歩入れば、熱い。
温度が平温になったから……ではあるが、熱気があるのだ。

それは野菜にかける情熱という名の熱気だろう。
このことは店内を一望すると、よくわかる。
農家の方のひとりひとりが、ポスターになって、主義主張を訴えているのだ。

poster.jpg

「遺伝子組み換え、断固反対!」のような、主義主張が書かれている。

まるで、政治家のポスターのようである。
いや、現在の農政に反対する有志が、単に作物をつくるだけではなく、政治的メッセージを発することが、同店と、同店を支える農家の理念のようだ。

メニューはもちろん野菜を中心にいろいろあるが、サラダバーがすごい。
とんでもないものが、生で食すことができる。

昨日、私はエノキダケを生まれてはじめて生で食べた。
他にも、茄子に白菜にチンゲンサイ。
あと、枝豆も殻ごと生で食べて、じつに、美味しかった。

nouka.jpg


このレストランは国立ファームという会社が経営している。

今は再開発でなくなってしまったが、昔、恵比寿ボウル(ボウリング場)があったビルの隣にある。
私の友人の何人かは、元・UGA(ユナイテッド・ゲーム・アーティスツ)の正面というのが、わかりやすいかもしれない。



大きな地図で見る

業界で何位? と考えると業界の海に沈んでいく

全部が全部とは言わない。
言わないが、考え直すべきは「業界」である。

私はゲームビジネスについて、執筆したり、インタビューをお受けしたりすることが多い。的外れな発言、問題発言もあるが、当を得た発言をすることはたまにある。その発言が、他のメディアで引用されるなどすると、「ああ、少しは影響力があったのか?」と、この虚業家も、陰でホッと胸をなで下ろしているのである。

このブログでも何度か使った言葉だが、かつて私は「任天堂業界」という造語をした。
ゲーム業界のなかで、任天堂という企業は、シェアを何パーセント持っている、という観点でものを見るのではなく、任天堂はもはやゲーム業界から離れて、独自の業界を興すことになるだろう、と考えていた。

そんな意図を込めて「任天堂業界」と書いた。
調べてみたら、なんと7年まえのことだった。
2002年2月26日に、企業向けのクローズなレポートで、私はこの用語をはじめて使っている。

その後、どうだろう?
ニンテンドーDSが2004年冬に発売されヒット。
ラインナップされたソフトも、今までのテレビゲームのイメージを一新した。
脳を鍛えたり、英語を学習したりするものがヒットした。任天堂は、自社ハードとソフトが一体となって、独自の巨大市場と文化をつくることに成功したのだ。

2006年にはWiiを投入。
これもまたヒット製品となった。「任天堂業界」は企業の売上ではない、業界規模はさらに成長したこととなる。

ソニーの幹部の方からうかがった話で、こんな印象深いものもある。
伝聞情報なので、間違っていたら申しわけないが、ソニー創業者である、井深大氏と盛田昭夫氏のエピソードである。

どこの会社でもそうであるように、開発した製品を商品化する際には、社長が最終決裁をくだす。

プレゼンテーションの場、開発者は、製品の性能や仕様や販売計画などを熱心に説明する。

すると、当時の盛田社長は「消費電力は?」「利益率は?」のような、けちくさい質問をしない。

スバリと、じつにスケールの大きな発言をなさるとうかがった。
「『産業』になるくらいの変革をイノベーションと呼ぶ」と井深大氏は言ったそうだ。
そして盛田昭夫氏は、マーケティングの一般的な訳語「市場適合」を凌ぐモノづくりをする、という意味で「市場創造」を訴えた。

産業・市場・社会へ影響を創造するくらいのインパクトがある、モノづくり。その意気込みから、ウォークマン、ハンディカム、CDプレイヤーは……生まれた製品であると、私は自分の心にとどめている。

アップル社のスティーブ・ジョブスは、家電業界のうちの音楽再生機市場を獲得しようとiPodを発売したのでない。コンピュータの中に入っている音楽を持ち運ぶことを目標として、iTunes to goを唱えた。そうしたら、とんでもないアップル業界ができてしまったわけである。

これだけ他社のことを、誉めたたえておいて、最後に落とすようで心苦しいが、マイクロソフトの新型Zuneは、いかにもすでに形成された業界の枠内で発想され、そのチェレンジャーとして、シェア向上を目指す……という狙いが見えてしまう。

良くない製品とはいっていない。
売れないとも言っていない。

ドラマティックではないのだ。
セクシーではないのだ。

むしろドラマよりもセオリー通りに。
セクシーさよりも堅実さを第一につくった、生真面目な携帯端末業界の新製品の匂いがする。

任天堂は「ゲーム&ウォッチ」を出し、ソニーはウォークマンを出し、スティーブ・ジョブスがガレージでコンピュータを組み立てていた頃、ビル・ゲイツはMS-DOSの原型を完成させている。そのときに「OS業界のシェアをとろう」とは、けして考えていなかったはずだ。なぜならば、当時はOS業界など存在しないのだから。

業界の固定観念に縛られたとき、その製品やサービスは業界の海に沈んでいく。
全部が全部とは言わないが……。


*注)本稿は文中、「ソニーの幹部の方」より訂正すべき箇所のご指摘と、正確な情報をいただきましたので2009年6月4日加筆・修正を行いました。

任天堂、動画ソフトの外部調達拡大?

外出まえにニュースをチェックしようと思ったら、こんな記事が。

任天堂、動画ソフトの外部調達拡大へ=米国法人社長が構想-WSJ紙

【シリコンバレー26日時事】26日付の米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)によると、任天堂米国法人は動画ゲームソフトの外部調達比率を現行の約55%から70%に高める構想を明らかにした。主要顧客の若年層に人気の戦闘、スポーツ型の品ぞろえをテコ入れし、北米市場で快走を続ける据え置き型ゲーム機「Wii(ウィー)」や携帯型DSシリーズの売上数量を維持する戦略の一環とみられる。


これは、専門家が読んでも意味不明であり、もちろん、ゲームビジネスも任天堂も、まったく興味がない読者が読んでも、記事の内容がわからないだろう。

動画ソフトって何?
外部調達って何?
拡大って何?

上から目線で、大変申しわけないが、ひとつひとつの語意をわからずに書いた駄文の典型だ。

今、Wiiの間チャンネルの動向について、こまめにチェックしている私にとっては気になる見出しだったので、あわてて読んでみた。もしかして、米国任天堂は、インターネット動画配信サイトやテレビ局と提携するのかと思ってみたら、日本の業界用語で言うところの「サードパーティのソフトにも頑張ってもらおう!」という、ニュースともいえない、当たり前のインタビュー内容と施策だった。

原文はこちら
それを引用したニュースはこちらだ。

ああ、労を労う以上に気になって、予定外のエントリーを書いてしまった。
さあ、外出しよう。

労を労う

  • Day:2009.05.27 00:45
  • Cat:言葉
下のエントリーで、労をねぎらうと書いたが、漢字で書くと労を労うになる。

「労」は名詞で、「労う」は動詞で間違った日本語ではないのだが、労が接近しすぎていて気持ち悪い。
なので、ねぎらうはひらがなで書いた。

労を犒う……という難しい漢字を使う手もあるかもしれないが、「犒う」を読める人は少ないのではないだろうか? 私は数年前、「労を労う」が本当に気になって気になって、しかたない時期があって、辞書で知ったのが「犒う」だった。でも、使う気になれない。

労をねぎらうのは、字で書くのも大変なことなのだ。

セールスの電話に対して

  • Day:2009.05.26 16:14
  • Cat:働く
そういえば、私はまがりなりにも社長だった。
株式会社インターラクトという会社を創業して、早18年になる。

ビジネスをまったく知らない学生さんからも、ビジネスの酸いも甘いもご存じの方からも「社長はいいですね」と言われることがある。

その責任の重さや、休みなく働かなくてはいけない業務量の多さや、よく「経営者は孤独だ」などというが、その孤独な感じについて、理解してほしいとは申し上げないが、ひとつだけご理解いただきたいことがある。日常的で、些細なことだ。

どこの会社でもそうだろう。
社長にはセールスの電話がいっぱいかかってくるのだ。
この対応法はなかなか苦慮するものだ。

土地・建物・マンションのセールス。
利殖目的の不動産投資。
商品先物取引。
社内情報システムの開発。

……など、セールス内容はいろいろ。
私のアシスタントは慣れたもので、「それっぽい電話」はピシャリと断ってくれる。
「ただ今、外出しています」だと、またかかってくるので、このピシャリが大事なのである。

ところが、当社のような零細企業では私自身が、その電話をとるときもしばしばである。

「はじめてお電話差し上げます……」
「私、渋谷地区を担当しております……」
「テレビCMでおなじみの……」

と、「それっぽい電話」がかかってくると、若い頃は不愉快そうな声を出すことによって、興味がないことを早く伝える作戦や、私貧乏ですからほかに当たったほうがいいですよ、となかば喧嘩売る作戦や、いろいろな作戦を使ってみたが、最も効果があるのは、まったく別の作戦だった。

昨日のエントリーの上から目線ならぬ、下から拒絶作戦である。

先方が電話で何かを言う。
そうしたら、すかさず「お仕事、ご苦労様です」と言って差し上げるのである。
次に、「マンション……」と何かを言いかけたら、「申しわけありません、現在は予定ございません」とここはピシャリと断り、もう一度「本当にご苦労様です」と労をねぎらうと、電話の相手は、まず粘らない。

このテクニックを覚えて使いはじめたのは、40歳の頃だろうか。
テクニックではなく、どんなセールスの電話でも働いている人の気持ちを考え、100%とは言えない、言えないけど、少しは気持ちを込めて「ご苦労様です」と言えるようになったのは、45歳を過ぎてからだろうか。

利害関係の反する人の労働を、ねぎらうというのはパワーがいることだ。

上から目線について考えた

  • Day:2009.05.25 18:38
  • Cat:言葉
上から目線。
いつの間にか、市民権を得てしまった感がある言葉だ。
こんなにたくさんの上から目線に関わる情報が飛びかっている。

理由はどうしてだろう?
昔よりも今のほうが、上から目線でものを言う人や場面が増えているので、それを糾弾する意味で、使われることが多くなったのだろうか?

逆もあるだろうか?
上から目線でものを言う人や場面の絶対数は、昔も今もあまり変わらないのだが、上から目線に過敏に反応し、それを嫌がる人が増えたということだろうか?

メディア環境の変化はどうだろう?
ブログや掲示板など、インターネットというメディアと上から目線も関係あるのだろうか?

もっと、普遍的なことに起因しているのだろうか?
聖徳太子が制定したとされる、十七条憲法の第一条は「和を以(もっ)て貴(とうと)しと為(す)」だ。
それくらいに「和」を重んじる国民性なので、現代の日本人も上からを気にするのだろうか?

いやいや、そう大げさに考えるものではない。
本来ならば、「人を見下したような言い方」という表現方法があり、上から目線というのは、社会的な風潮の問題ではなく、単なる流行語なのかもしれない。

考えようによっては、「あなたは『上から目線だ』」と言っている人は、「あなたは『人を見下したような言い方』をする」を、遠回しに表現しているとも言える。

ということは、「上から目線だ」と糾弾している人は、じつは上から目線の人への気配りが、そこには込められているのかもしれない。「見下す」という言い方ではきつすぎる、という配慮から。

いや、待て。
なんたって上から目線の人なので、その人はきっと恐いから、「あなたは『人を見下したような言い方』をする」とは言えないから、上から目線に言い換えをしているのかもしれない。

今日は上から目線というヘンな日本語について、ずいぶんと考えたが、思考が堂々めぐりするばかりで結論がない。
株主優待
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。