Hisakazu Hirabayashi * Official Blog2010年01月

Global Voices-英語訳された記事にはどんな反応があるのだろうか?

  • Day:2010.01.30 00:03
  • Cat:働く
さまざまな言語圏のブログスフィアにスポットライトを当てる……ことを目的としたGlobal Voicesというウェブサイトがあります。

同サイトの編集者の方に、たまたま目をつけていただいたエントリーがコレ
転載のお申し出をいただき、英訳された記事がアップされています。

On having a restricted perspective in choosing a company to work for
文中の
First imagine what the future will be like and work back from there, to think about desirable work styles and environments.(まず一度、未来を想像し、そこから逆算して働き方や働く場を考える)

……が、本エントリーの趣意で、私が言いたかったことのテーマなのですが、じつは裏話があって。これをお読みになった読者の方の反応が、未来がわかるのだったら、働かなくても株で儲けられるではないかという趣意の意見もあり、まったく考えがすれ違ってしまったということがありました。

そう受け取られたことが、残念だったのですが、英訳され、他の文化圏の方がお読みになると、どんな反応を頂戴することになるのでしょうか。とても興味深く、見守っています。
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iPadはファミリーコンピュータだ

PC。
Personal Computerというくらいで、個人のためのコンピュータがパソコンだ。

パソコンがどれだけ個人的なモノなのか、改めて考えてみた。
たとえば、出張帰り。
新幹線の車中。
隣の席に座っているビジネスマンが、おもむろにLet’s Note(レッツノート)を開いたとしよう。
私は雑誌を読んでいた。
だが、メールを書く。エクセルで集計をする。ワードで書類を作成する。何かの作業をしているのかが、どうしても視界に入ってしまう。


そんな時には、のぞき込むようなことは絶対にせずに、パソコンを操作している人の行為を空気のように受け流して、まったく意識しないのが、オトナのエチケットというものだろう。だが、そのエチケットを守らない人がいるから、あるいは用心深い人が多いから、こういう製品も売られているのだろう。


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たまたまかもしれないが、会議が終わったあとの雑談タイムで、同僚同士が「ノートパソコンに登録してあるブックマークを、お互いに見せ合おうぜ」という会話を、私は聞いたことがない。

夫婦や恋人同士であっても、自分の携帯電話を見られるのが不愉快であるのと同様、いや、それ以上にパソコンの中味を見られてしまうことは、精神的な苦痛をもたらす行為なのだ。パソコンには秘密がいっぱい詰まっている。

iPadの発表があった。
私の感想は、これはパソコンではない、だ。
厳密にいうと、私が個人で所有し、ビジネスで使うコンピュータとしては食指が動かない。
だが、家族で共有するコンピュータとして、iPadを使ってみたい。
たとえば、デジタル・フォトフレームとして。
たとえば、子どもと対面して将棋やチェスをするゲーム機として。
たとえば、家族の誰が使ってもいい電子ブックビューワーとして。
たとえば、リビングルームに置いたオーディオ機器として。
そんな用途は次々と思い浮かぶ。

で、もし出張に私がiPadを持っていくとしたら、それは見られてはいけないビジネスパソコンではなく、見られてもいい、見せびらかしたいモノになっているような気がする。

逆に、新幹線の隣の席に座るビジネスマンが、iPadをカバンから出したら、「うわっ、良いモノを持っているなぁ」と羨望のまなざしを向けないと、失礼になる?

iPadにアダルトサイトの閲覧は似合わない。
不倫メールも似合わない。
バイオレントなゲームも似合わない。

iPadは家族で使う健全なマシンであるように、私の目には映った。
アップルの戦略は任天堂と似ている、iPadはニンテンドーDSi LLに似ている、という冗談とも本気ともつかない論評がネット上では飛びかっているが、それは「タッチパネル」と「大型化」という製品の技術的な特徴をさしてのことだろう。

私は、あえて言ってみたい。
iPadはファミリーコンピュータだ。




iPadの評判-すべての言語
iPadの評判-日本語

torne(トルネ)の背景の円について

今日もまた『torne(トルネ)』のことで、会話は盛り上がりました。
全然関係ない会議なのに、思わず語ってしまいます。

小さな、本当に小さなことなんですが、私が今まで書いていなかったことがあって、それはトップメニューで表示されているコインみたいな円のことです。

操作をする8つのアイコンではありません。
下写真の背景でランダムに動くように見える円についてです。

topmenu02.jpg

公式サイトのムービーを見ますと、1分5秒~1分12秒あたりのところで映るのですが、あの背景の円は、録画をするたび増えていく円なのです。

体験会のときに、「あの円は何と呼ぶのですか?」と質問したら、「特に決まってません」とのことだったので、今、ここでは仮に「円」と呼んでいます。

録画をするとコイン形状の「円」の数が増えていく。
言いかえると、使うたびに成長していく。
こうした仕様設計は、まったくもってゲームソフトらしい感覚です。

家電製品のハードディスク録画機だと、使えば使うほど、空き領域が減っていく……という引き算の感覚、残りの容量を気にするというマイナス感情が働いてしまいます。

小さな「円」なのですが、この存在は利用者の心理を、大きく動かす気がします。
torneのロゴのo(オー)の文字だけ、中に赤丸を入れてもらって、これは「円」を示すために特別扱いされているのでしょうか? というのは考えすぎですね、たぶん。

タブレットPC。性能よりも、身体感覚や人間心理

http://journal.mycom.co.jp/articles/2010/01/26/apple_slate/index.html


1月27日は、去年から噂のあったアップルのタブレットPCが発表される予定日です。
発表後は、日本でも、ネットニュースとブロガーたちの話題になることは間違いないでしょう。

まだ、どんなものかはわかりませんが、私の予測。
それは革新的なモノでしょう。
そしてその革新性は、ただ新しいモノの提示ではなく、古きモノ、進歩せずに放置されてきたモノを変えねばならないという、使命感が帯びているように思われます。

その心は、義憤(ぎふん)とでも言うのでしょうか?
キーボードやスタイラスペンという遺物とみなした怨嗟(えんさ)とでも呼ぶべきものでしょうか?

スティーブ・ジョブズは、このタブレットPCについて「私がやったことの中で最も重要」と述べているそうです。

私にとってスティーブ・ジョブズという人物像は、経営者でもなく、技術者でもなく歴史の中で何かを成し遂げたがっている人に思えます。

巨大組織が使うコンピュータを、ガレージで小型にしたアップルの創業期。スティーブ・ジョブズが果たしたことは、情報処理という権力を、個人に与えた革命のようです。マウスでアイコンをクリックするユーザー・インターフェイスの開発。世界のPC市場をウィンドウズが席巻してもアップルは効率よりも「美」、組織よりも「個」を重んじたiMACを発売していました。2000年代になったからはiPod、iPhoneで新市場を開拓。スティーブ・ジョブズの関心事は、常に身体感覚や人間心理にあり、今回はその集大成のようなものを発表しようとしているのでしょう。

LG製の9.7インチ有機ELディスプレイ
価格は約1500~1700ドル
アルミニウム筐体で重さは何グラム
3G通信が内蔵されるかどうか

明日以降、話題はモノに集中しそうです。
モノに関する情報はあふれると思うので、「スティーブ・ジョブズは人類に何をもたらしたかったのか?」という記事を私は読みたい。人間のことを語らずして、新型タブレットPC「iSlate」(予想された名前)の本質はつかめないように思うからです。




本日の追加情報はこちらに[Today's addition]

「働く」ことについて真剣に、就活は気軽に

  • Day:2010.01.26 00:01
  • Cat:教育
昨日のエントリーの通り、最終授業が終わった。
「後ろ髪を引かれる」とはよく言ったもので、授業が終わったあとも、教室から磁力でカラダが引きよせられるような気がした。午前の授業でも、午後の授業でも、プレゼントがあった。午前は、とある学生のお母様がつくってくださった、ケーキをいただいた。午後は、週末に東京ディズニーランドに行った学生から、5種類のキャラクターが入ったキャンディーのセットをいただいた。どちらも男子学生で、照れくさそうに渡すから、私も照れてしまい、感謝の言葉も短くて、素っ気なかった。だけど、心の中では大喜びだったことは言うまでもない。

私はゲームづくりをしたい学生や、CG(コンピュータ・グラフィックス)をつくりたい学生と接してきた。そのための基礎知識を約1年間、まとめて語っているのだが、それは表面上のことで、本当に伝えたいのは「働く」ことを「学ぶ」ことだ。昨日はそんな話を存分に語ることができた。

今、日本に住んでいる生徒・学生は、学ぶことは山ほどある。
小学生のころから、文字を覚え、計算を覚え、宿題を出されて、いろんなことを暗記して。そのためには、塾に通って、予備校にも行って。場合によっては家庭教師についてもらって、通信教育も受けて。試験を何度も受けて進学して。そして、単位を取得して、学ぶ期間=学生生活を終えていく。この苦労は並大抵のことではない。こんなにも長い道を通ってきたのに、最後に待っているのは、就活なるものだ。

私、ならびにこの道を通って来たオトナたちから見れば、当たり前のことかもしれないが、学ぶ期間も最後になったころの若者の立場になって考えてみる。とすれば、理不尽だなと思うのが自然なのではないだろうか。

どんなに英語がスラスラ読めても、コンピュータのプログラムがうまくても、「エントリーシートの書き方」や「面接で落ちないための応答のしかた」などの、マニュアルを読まなくてはいけない。染めた髪の黒を戻し、スーツは紺にする。ようは、みんな同じ色になれと言われているかのようだ。それが、学生生活のゴールなのかと思ってしまうと、社会に向けてバカヤローと言いたくなる気持ちはわかる。

あるいは、最初から反発したく気持ちもわかる。みんなと同じ色になるのはいやだ。就職活動をやめ「好きなことをしたい」と言って、学生たちはフリーターになる道を選ぶ。

将来 絶望 中学生
将来 絶望 高校生
将来 絶望 大学生

こんな時代だから、私は学生諸氏の持っている職業観とは違うボールを投げかけている。

私は、自分の人生は就活ごときでは決まらないと言った。
私は、就活は恐怖の関門ではなく、自分を試す良い手段と言った。
私は、就活はマニュアルを読むから、するのが嫌になると言った。
私は、そもそも「働く」ことの意味を考えてもらった。
私は、「働く」ことについて真剣に考えてほしいが、就活は気軽に考えてほしいと伝えたかった。

将来は不安だ。
世の中には希望があふれている、なんて浮ついたことは言わない。
私だって、不安だらけだ。明日の打ち合わせが不安だ。今週の締め切りが不安だ。
でも、絶望まですることはないだろう。

小説家、遠藤周作は「どうして小説を書くのか?」とインタビューされたとき、「楽苦しいから」と答えたという。
たのくるしいと読む……なんて話をしたの、覚えてくれているかなぁ。働くことに、絶対楽しいこともないし、絶対苦しいこともないと思うのだ。楽しさには苦しさが、苦しさには楽しさがつきまとう。


本日の追加情報はこちらに[Today's addition]

最後に「成功者たちの共通項」について

  • Day:2010.01.25 00:00
  • Cat:教育
今日、1月25日は私が受けもっていた授業の最終日となります。
午前の部は男子学生ばかりのゼミ形式なので、みんなで語り合うことにしました。
「修学旅行の男子部屋みたいなこと」というリクエストもあったので、そのノリでいきましょう。
どんな話題になるかは、出たとこ勝負です。

午後の大教室の講義では、私が尊敬する、ある先生の話をします。
この1年間、私が何を伝えたかった。……その先生を通じてメッセージの総まとめをします。

両方の授業、共通して言おうと思うことがあります。
その元ネタは、私が昔、社外取締役をしている会社で、まだ20歳代の企画者からされた質問です。
すごくストレートなことを尋ねられました。

「成功するためにはどうすればいいですか?」

私は、こう答えました。

成功者の定義や条件は、いろんな人が語っているけど、俺にはまだ、それを言い切るほどの勇気も知恵もないなぁ。でも、成功者の共通項については、いつも感じていることがあって、その人たちは、周囲の人から「ああ、この人を成功させたい」と思われる何か? を持っているのは、確かなんだ。その何か? とは何か? と訊かれても答えられない。とにかく、何かがあるんだ。才能を発掘するとは、その「何か」を感じることが第一歩だと思っている……

と、こんな話をしようかと思います。
「何か」についてをめぐる論考は、まだ続きがあるのですが、それは授業中に話すことにします。

去年の4月から今日まで。
時が過ぎるのは早かった。

ゲーム機をめぐる成熟した精神

最近、当ブログでは『torne(トルネ)』のことを連発しているが、ご高覧いただいている皆さまからは、冷静に見守っていただき、ありがたく思う。コメントも、いただくメールも学ばせていただくこと多く、これらもまた、ありがたい。

数年前なら、ひとつの家庭用ゲーム機に熱く語れば「必死だな」「信者」となじられ、もう、見るのも聞くのも堪えられない……妊娠、出川、瀬川、箱などの俗称・蔑称で、そのユーザーやシンパたちを攻撃し合った。そうしたネット上での不毛な言葉の喧嘩が好きではなかった。

その文化、まったくゼロになったとはいえないが、希薄になった。
じつは、ゲームへの愛が深く、知的水準も高いユーザーである匿名発言者たちは、もう「身内で喧嘩している場合ではない」ことに気づかれているのだろう。

私はその知性と良識に救われている。
ブログというのは、読者が書き手を育てるものだと思う。
私は育てられている。

週末の深夜だ。心中を静かに語り、眠る。
株主優待
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