Hisakazu Hirabayashi * Official Blog2010年06月

LEGOは分数の先生だった

  • Day:2010.06.27 21:26
  • Cat:教育
デンマークといえば、LEGO(レゴ)。
私はレゴに感謝している。

1/3×3=1

こんなに難しいことを幼稚園時代に教わったから。
何をつくっていたかは忘れたが、どうせ他愛もないものだろう。

でも、どうしてもほしかった。
普通の厚みのブロックが1個、足りなかった。

同じカタチをした薄いブロックはあった。
試しにそれを3枚重ねると、私がほしかったブロックと同じ厚みになった。
感激した。

小学生になって、分数の掛け算をはじめて習ったとき、「あっ!」と思った。
私にとって分数は、薄いレゴブロックだった。
分数の問題は、いつもレゴを連想して解いていた記憶がある。

先週、遊びと学びについての講演をした。
趣旨としては、一見、対極にあるかに思える遊びと学びだが「人は遊びながら学ぶし、学びながら遊びもしている」というもの。

ところが、学校や塾や入試のズッポリとはまってしまうと、学びは善だがそれは労苦を伴い、労苦から逃れる遊びは悪である……という思想に染まっていく。誰も口にして、そうは言わないけど、染まっていく。

話はかなり端折るが、童心に帰って、遊びながら学ぶ気持ち、学びながら遊ぶ気持ちを持ってください、と語った。それを体感してもらうための20分間のワークショップもやった。

19歳の学生が、レゴでワールドカップサッカーの試合を再現している。
イングランドのチームと契約も結んでいるのだという。
遊びながら、学びながら、つくりながら、働いているみたいだ。
この同時進行で、渾然一体としたところが、レゴの良いところ。
だから、レゴのことを知育玩具と表現するのが好きではない。

上の動画はYouTubeで有名になったが、レゴの動画だけを世界から集めているサイトがある。ジャンルも豊富でコメディもあれば、ドキュメンタリーもあれば、ホラーもある。
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喜べてよかった

対デンマーク戦で勝った。
喜べてよかった。
昨日のエントリーで書いたように、喜びは楽しみよりも、重い価値があることを痛感した。

いつもは静かな自宅の周囲でも、歓喜の声が早暁に響いていた。
歓楽街・渋谷では、サポーターたちが朝から大騒ぎをしていたらしい。

歓喜。
歓楽。


手前みそだが、熟語にしてみても「喜」のほうが、気品が漂っているではないか。

楽しみに浸る……という言葉はないが、喜びに浸る……という言葉はある。
喜びは持続性も高いのか。

試合結果をこのサイトで振り返っている。
へえ、数字にするとこういうデータになるのか、などと寝不足の頭で振り返りながら。

恐るべしFIFA。
恐るべしPDF。

楽しさは溢れている、喜びがほしい

人間には喜怒哀楽の感情があります。
このうちの悪い感情、「怒」と「哀」の区別はつきやすいものです。
怒りと悲しみは明らかに違います。

ところが、良い感情である「楽しい」と「喜ぶ」は紛らわしいように思います。
文章を読んでもらいながら無理なことをお願いしますが、少しの間、目を閉じてください。

閉じたら最近起きた、あるいは今までの人生で経験した「楽しいこと」を思い出してください。よろしいでしょうか?

では、次に「喜んだこと」を思い出してください。
「楽しいこと」のほうが思い出せたことの数は多くなかったですか?
「喜んだこと」って改めて聞かれると意外と少ないことに気づきませんか?

「楽しい」は、わりと手に入りやすい。お金で買え、いつでも、どこでも、たやすく得られるのが「楽しい」です。テレビゲームでも、カラオケでも、居酒屋でも。

逆に「喜ぶ」は、どこかに転がっているようなものではなく、手に入りにくい。
「楽しい」は供給過剰気味ですが、「喜び」には希少価値があります。

「楽しい」は一刻のために。
「喜び」は生涯の記憶のために。

英語の知識は浅学ですが、Entertainmentには「楽しい」だけではなく「喜び」の意味も含まれている。「楽しい」だけを供するのは、英語では薄っぺらな感じになるPastimeになってしまうのではないでしょうか。Pastime=楽しい暇つぶし……?

私がそうですが、今日、あなたは特別なことをしていませんか?
出社まえに深夜番組の予約をするとか、夜まで起きている計画を立てるとか、明日の午前3時に起床する計画を立てるとか。

今日は「楽しい」が溢れている国の人たちが、「喜び」を求める日です。

PEMBAというショートムービー

  • Day:2010.06.20 17:03
  • Cat:世界
土曜日の夜は外出しておりました。
午後7時30分開始、午後9時30分終了のイベント。
場所は東京・池袋です。

生まれてはじめて、挑戦しようと思いました。
まるで、生中継を観るかのように録画した番組を観る……ということを。

帰宅途中に、何度も誘惑にかられました。
ワンセグで中継を観てしまおうかと。

気になってしかたありません。
それでもなんとか、我慢して帰宅しました。

ところが、別のファミリーとテレビ観戦をしていた我が家の帰ると、録画した番組を観るまでもなく、結果がわかってしまう雰囲気に包まれていて。はじめから、なんとなくそんな予感はしていましたが、私の野望は見事に砕け散ったのです。

話は飛んで……、いや、飛んでないかな?
以前にもご紹介したことがありますが、「アフリカ」「サッカー」というと……一躍有名になったブブゼラではなくて……真っ先に連想するのが『PEMBA』というタイトルのショートムービーなんです。録画した日本対オランダ戦を観るのをやめて、動画サイトDailymotionを探してみたら、こんなメッセージが!

pemba_non.jpg

公式なCreative Contentsのコーナーから削除されていたのです。
それでも粘って探してみると、再アップされた同一の映像がありました。
コレです。



『PEMBA』はモザンビーク共和国の都市の名前です。
モザンビークの国民一人当たりのGNPは100ドル以下とも言われています。

ニンテンドー3DS、能動的な操作を行わなくても通信

私事にて、よんどころない事情があり、E3 2010の取材を直前キャンセルいたしました。同行する予定だった皆さまや、取材のご手配をいただいた皆さまに多大なるご迷惑をおかけいたしました。また、E3のことが書かれていることを期待されて、当ブログをご覧いただいた皆さまにおかれましても、謹んでお詫び申し上げます。

かような状況で、今年のE3を取材していないわけですが、思うところ、書かせていただきます。

最も注目されたトピックスはニンテンドー3DS。
評判は良いようです。
メガネなどの装置を使わない裸眼立体視の実現に、驚きと期待の声があがっています。

私はニンテンドー3DSを見ていないのですが、(シャープ製の)裸眼立体視ディスプレイを見たことがあります。その時の感覚は飛び出す3Dではなく、奥行きがある3Dでした。ニンテンドー3DSもそういう印象を与えているようです。ニンテンドー3DSをレビューする記事は各所で書かれていますが、「大迫力の立体感」とお祭り騒ぎしているような記事をあまり見かけません。それよりも冷静な「没入感」という独特な言い回しに、懸命な多くの記者の方の思考は、たどりついているようです。

飛び出す3Dではなく、奥行きがある3D。
この仮説が正しいとするならば、ニンテンドー3DS発売初期の対応ソフトウェアは、主人公が前方に進んで行くものが多くなることが予想できるのですが、どうでしょう?

世界ではじめての裸眼立体視できる携帯ゲーム機。映像のことに話題が集中するのは当然のことですが、私が注目したのは、ニンテンドー3DSの進化した無線通信の機能です。

本体概要に書かれています。
ユーザーが能動的な操作を行わなくても、スリープ時に自動でニンテンドー3DS同士でデータを交換したり、インターネットからデータを受信する機能をシステムでサポート」と。これは、ひょっとするとニンテンドー3DSを所有して楽しいと思える肝(きも)の部分になるかもしれません。現行機・ニンテンドーDSのすれ違い通信とは違って、プレイ中のソフトに関係なくハードウェアそのものが、Wi-Fiアクセスポイントや別のニンテンドー3DSを探します。この通信によって、新しいステージなどのデータが「ユーザーが知らないうちにダウンロード」されるのです。

ニンテンドー3DSを持ち運んで雑踏を歩く。帰りの途の電車のシートに腰かけたら、どんなデータが入っているのか、ニンテンドー3DSを開く。気持ちは宝箱を開けるドキドキ感にも似ている。この通信方式は、ニンテンドー3DSを携帯する強い動機になるだろうと想像します。(システムについては、プレゼンテーション映像の後半で岩田社長により詳しく説明されています)

ユーザー視点から見れば、「宝箱を開けるドキドキ感がいつも」という楽しさを手に入れることになりますが、ビジネスの視点から見ると、これはまったく新しい通信プラットフォームの出現といえるかもしれません。気の早い話ですが、ニンテンドー3DSが1000万台売れたとします。これは日本中に1000万台の無線機がばらまかれたのと似たような話で、膨大なデータ通信が、いつでも、どこでも行われることになります。ユーザーばかりではなく、NTTも総務省もまったく関知しないところで。

裸眼立体視の魅力はE3を終えて既知のものになりました。
無線通信の魅力は未知の段階です。

当然売れるだろう、ニンテンドー3DSです。
発売時には「爆発的な人気!」と形容されることになるでしょう。
では、その人気がどこまで持続的であるかは、ユーザーが能動的な操作を行わなくても、スリープ時に自動でニンテンドー3DS同士でデータを交換したり、インターネットからデータを受信する機能と、それに付随するサービスにかかっていると考えています。

異業種渾然一体電子書籍市場参入現象到来

iPadが発売されたせいか、最近、会う人と会う人とこの話題になる、電子書籍のこと。

90年代の初頭、ゲーム業界は異業種からの参入ラッシュが起きた。
任天堂が出している、スーパーファミコンはものすごく売れているらしい。
この市場に入ろうと、大手家電メーカーがいっせいにゲーム機の研究・開発をはじめたことがあった。

もう少し、細かく述べれば、80年代。ファミリーコンピュータ全盛期の時代にしてすでに、任天堂は巨大市場を事実上独占していた。けれども、当時は大手家電メーカーが参入するには障壁があった。テレビゲームには、「負」のイメージが強すぎたのだ。

ところが、90年代になると世間のイメージは、少し変わった。
この潮の流れの変化を感じとり、こぞって参入を企てたわけである。
松下電器、三洋電機、ビクター、パイオニア、そしてソニーなどの企業が、どこまで足を突っ込むか、その本気度(←当時の流行語)は個々によって違ったが、何らかのかたちで、家庭用ゲーム機市場に参入した。

あの頃の感覚を思い出す。
夢があった。
野心があった。
不安もあった。
「他社がやるからウチもやる」という、横並び意識もあった。
そこには、正も邪も、清も濁もゴチャゴチャに混ざっていた。

その相似形のようなものを見ているような気がする。
当時はハードウェアを開発するメーカーが参入者だったが、電子書籍の場合は、クリエイティブな仕事をしている人、出版社の人、新聞社の人、流通にかかわる人、印刷会社の人、金融決済にかかわる人、通信のビジネスにかかわる人……たちを巻き込んでいる。

この「異業種渾然一体電子書籍市場参入現象到来」は、どういうことなのか、今後どうなるのか、わからない。いや、分析癖が強い私は、先入観を持たないよう、あえてわからなくするよう、自制しているのかもしれない。

(どこかで聞いたセリフだが)一兵卒のモノ書きとなって、電子書籍をつくることを楽しみながら体験している現在。たとえば、<ruby>渾然一体/こんぜんいったい</ruby>とタグも含めて原稿を書いている。手間がかかるが、意味もなく楽しい。

小沢氏との距離感に違和感

  • Day:2010.06.08 00:11
  • Cat:政治
「小沢氏との距離感」。
先週から何度も聞いた言葉。
今週もこの報道は続くでしょう。
特に今日。
この距離感という言い回しに違和感があるんです、という話をしています。



政治の話をしていますが、ソフトウェア開発でも一緒です。
リーダーが即断即決するタイプのプロジェクトなのか、合議制で進めていくタイプのプロジェクトなのか。
この方向性をはっきり決めておかないと、たいていのプロジェクトは失敗します。

フレデリック・ブルックスは元IBMのエンジニアで、ソフトウェア管理工学の先駆者です。
「人月の神話」とは、遅れているソフトウェア開発プロジェクトへの要員追加は、納期をさらに遅らせることもある。
人と時間の計画性のない投入はしないほうがよいと筆者は主張しています。


人月の神話―狼人間を撃つ銀の弾はない (Professional computing series (別巻3))人月の神話―狼人間を撃つ銀の弾はない (Professional computing series (別巻3))
(2002/11)
Jr.,フレデリック・P. ブルックス

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