Hisakazu Hirabayashi * Official Blog2010年07月

高木真介とイサベル・カントスの演奏会

僕らは海辺の町で生まれ育った。
神奈川県の西端、湯河原という地だ。

小さいながらも町は栄えていた。
それでいて自然も残されていた。
良い環境にあった。

たとえば、夏。
朝はカブトムシを捕まえに行き、昼は海へ行った。
国道135号線の向こう側、黒砂が広がる吉浜海岸で泳いだ。
まるで、『ぼくのなつやすみ』の世界だ。

ただ、ゲーム内の進行時間と違って、夏ごとにオトナに近づいていく僕らは、複雑な精神を持つ少年になっていったのだと思う。僕らは、互いに言葉で確認したことはなかったが「平凡」を嫌っていた。受験勉強は熱心ではなかったが、自分は他者と違うことを証明することに対して夢中になっていた。僕は文学に傾倒し、彼は音楽を愛した。

僕らは同じ高校に入学した。
毎日、同じ電車に乗って通った。
いちおう地域の進学校ということになっているが、校風は自由すぎるくらいに自由だった。
本当にそんなことが許されたのが不思議だが、朝は寄り道をしてから、好きな時間に登校していた。午後に受けたくない授業があると喫茶店に行き、インベーダーゲームを遊んでいた。

そう、これはいつの時代の話かというと『スペースインベーダー』が登場し、サザンオールスターズがデビューした頃の話をしている。ともに、1978年の出来事だ。

自己弁護をすると、僕らはけっして不良少年ではなかった。
いつでも、他者と違うことを証明せずにはいられなかった、規格外の少年だったのだ。

高校も3年生になると進路指導というセレモニーがある。
僕は、私立大学に進学すると担任の先生に伝えたが、彼は単身、スペインに留学し、ギタリストになると宣言した。慌てたのは先生で、猛反対した。

30年まえのスペインは、今のスペインではなかった。
果てしなく遠い、闘牛とフラメンコしか思いつかない、未知の国だった。
今でいえばどこだろう……マダガスカル共和国の北部の孤島、マヨット島くらいの心理的な距離があったのではないだろうか? 当時のスペイン。

だが、彼は決意していた。先生の反対を押し切って、すでに高校時代からギタリストであろうとした。
未来にかける想いは真剣だった。

彼の家の近くにはボウリング場があった。
僕らの絶好の遊び場だった。
ところがある日から、彼はボウリングをやらなくなった。
理由は「爪や指を痛める可能性があるから」だった。

人生について、まだほんの少ししかわかっていないながらも、僕は思った。
彼は本当にスペインに行って、ギタリストとして成功してしまうのかもしれないと。

この予感は、うれしいことに的中した。
スペインマドリード王立音楽院に留学し、学生時代から数々のコンクールで受賞。
その後も競争は厳しいが、同時に活躍の場も豊富な、ヨーロッパの音楽界で、著名なギタリストとなって演奏をしつづけている。

その彼が、この夏、日本に帰ってくる。
彼の名前は高木真介(Masayuki Takagi)という。
ソプラノ歌手のイサベル・カントス(Isabel Cantos)さんとデュオの演奏会を行うのだ。
「スペインのうた、世界のうた」。
今年3月末、シカゴで公演され、高評を得た演目が東京でも行われる。

彼からのメールによれば、

第一部が「世界のうた」。
英語、イタリア語、ロシア語、ポルトガル語など、色々な言語で歌います。
第二部は「スペインのうた」。
セファルディ(15世紀にスペインから追放されたユダヤ人)の歌、スペイン黄金世紀16世紀の音楽、そして、マヌエル・デ・ファリャやガルシア・ロルカのアンダルシアの歌曲。合間にギター・ソロも数曲挿んであります。バラエティーに富んだプログラムで、学術的(マニアックな)なものでなく、普段あまりクラシック音楽になじみの薄い人でも、気楽に楽しめる内容になっています。


下の動画は、彼の長男がつくったパパのためのプロモーションビデオだ。
スペイン生まれのスペイン育ちなのに、漢字を巧みに使ってチケット販売の問い合わせ先などが映されている。
よちよち歩きだった幼子が、僕らのように夏ごとにオトナになり、YouTubeに動画をアップするようになったんだ。
いろいろな思いがこみ上げてくる。

追伸
「オフィス高木」の叔母様、お元気でいらっしゃいますか。平林です。おかげ様で、私の母や伯母たちも元気で、くれぐれもよろしく、と申しております。ともに「平凡」な道を歩まなかった友人として、この演奏会のこと、お知らせさせていただきました。8月に湯河原で、9月に演奏会会場でお目にかかれるのを楽しみにしております。

スポンサーサイト

電書フリマの光景のつづき

今日の一人称は、珍しく僕にしてみよう。

僕は電書フリマで、「電子書籍ビジネス最前線!」というオーディオブックを販売したのだけど、そこで、大まじめにこんなことを語っている。

「家電メーカーの皆さん、電子書籍端末をつくるくらいなら電子レンジをつくったほうがいい」なんてね。

電子レンジは参入メーカーが少なくて、過当競争は起きない。
高級品をつくれば、10万円以上で売れて、価格競争にも巻き込まれない。

ところが、電子書籍端末は、ハード乱立が目に見えていて、激しい価格競争が起きるのも必至だ。

今年は、そういうビジネスの覇権争いが激しい年で、けっしてバラ色の「電子書籍元年」にはならない、と僕は思うのだった。

そもそも、僕は「元年」を信じない。
90年代に、「マルチメディア元年」なんて言われたけど、あれは虚像だった。

僕は当時、知ったのだけど元旦の新聞。
第一部、第二部、第三部……って、ものすごく分厚いのが届くでしょ。

あの特集号は、じつは8月のお盆の頃からつくっていて、ものすごいボリュームの記事を書いておき、そして関連企業から広告を募集するわけ。

という光景を何度も見てきたせいか、「元年」は予想でも分析でもなく、ビジネスなのではなかろうか、という疑いが頭から離れない。メディアの元年ビジネス、とでもいうのだろうか。

ちなみに、確か2006年だったと思う。
当時連載していた新聞の年頭の号で「今年はマルチメディア元年だ」と書いたことがあった。YouTubeのサービスが始まり、ワンセグ放送も始まろうとしていたから。担当デスクは、シャレのわかる人で笑って原稿を受けとってくれたことがあったけれども。

ところで、即、元年はやってこなくても、電子書籍を読む時代は、いつかやってくる。
そのいつかまで、どの端末が勝つか、どのフォーマットが勝つか、どの流通網が勝つか?
見ているのは、あまりにも時間が惜しい。
何か動いていたい。
そんなことを、僕は去年から考えていた。

そこで、米光さんから聞いたコンセプトにピンと来た。
今から電子書籍をつくる=賛成。
未知数のネットではなく対面で売る=賛成。
ビジネスと考えず部活とする=賛成。

思わず……「正しい」と言ってしまった。
そしたら米光さんは、まるで返礼のようにこんなことを書いてくれて、たがいに自信を深めっていった(?)、という経緯がある。

今回の電書フリマで販売された、

電書フリマへの道

米光一成
電書フリマ開催までにどんなことが起こり、何を考え、どういうふうにビジョンがクリアになっていったかが赤裸々に! 開催までに米光が書いたメーリングリストのテキストを再構成。電子書籍部がチームワークを発揮する時に使われた「集団創作のルール33」も収録。


電書部技術班 シーズン1

電子書籍部技術班
『電書部技術班/シーズン1』電書部を支える凄腕チーム「技術班」の正体とは-。その発足から文学フリマ参戦までを、30万字以上に及ぶSkypeチャットの膨大なログをもとに再現。電子書籍をめぐる「やってみないと、わからない」の数々を追体験できる。


に、詳細が書かれているが、まさに「やってみないと、わからない」の連続だ。

本が荷物にならないからまとめ買いをする。
頭でわかっているのと、お客様の購入リストを目の当たりにするのは大違い。

書店で立ち読みする感覚で、サンプルをつくるのだが、お客様はどんなところ見ているのか。
じつは、良いことが書いてあるサンプルよりも、カラフルなサンプルが人気だ、なんてこともわかる。

そして、今回の体験でわかったのですが、編集者の存在の大きさ。

こういってはナンだけど、僕は元出版者社員で、編集能力は「あるほう」だと思う。でも、名編集者S君がいてくれなくては、今回の原稿は完成しなかった。紙であれ、電子であれ、客観的な意見を言ってくれ、締め切りをうまく催促してくれ、そしてなにより著者を孤独にさせないという、編集者の存在は欠かせないということを肌身で感じたのだった。

電書部のみなさん、ありがとうございました。

電書フリマの光景

このブログで何度かご紹介してます、電書フリマに行ってきました。
デジタルな電子書籍=電書をアナログな対面販売をしてみようという試みです。

『ぷよぷよ』や『バロック』という、すごい代表作があり立命館大学教授の米光一成さんが考案したこの活動。元出版社社員で執筆者、かつゲーム業界をかれこれ25年もウオッチしてきた私は、登頂ルートは違うけど、とりあえず制覇しておく山頂は同じ……という感覚があり、この構想を春に阿佐ヶ谷ロフトで聞くやいなや、仲間に混ぜてもらうことになったのです。

結果としては大成功でした。
成功の価値基準は数字だけではないのですが、たった一台のPCを販売所にして5206冊が売れたのです。

なぜ、電書フリマか。
もろもろの感想などは(つづく)とさせていただいて、まずはその光景をご紹介します。

246.jpg
▲場所は国道246号線。青山通り沿い。渋谷駅と表参道駅のほぼ中間地点です。

entrance1.jpg
▲会場のコラボカフェは地下一階にあります。けっして目立つ場所ではありません。

entrance2.jpg
▲階段を降りると垂れ幕が。デジタルなものをアナログで表現。

uriba.jpg
▲売り場はこれだけ。しかも撮影時はPCが不調でiPadで代用中。購入手続きはメールアドレスを入力し、欲しい本のナンバーを販売している人に告げる。すると登録メールアドレスにダウンロードできるメールが送られてきます。

list.jpg
▲購入メモを撮らせていただいた。欲しい本のナンバーが書かれている。まとめ買いするお客様が多い。

iPadにはブラウザゲームがよく似合う

「iPad、持ってますか?」
「はい、持ってます」
と答えると、たいていの方が次の質問をします。
「ゲームは何がおすすめですか?」

困ります。
おすすめできるゲームアプリが、なかなかないのです。
iPad用アプリケーションの公式サイトで紹介されているものは、全部試して、それ以外にもいろいろとダウンロードしました。

家庭用ゲーム機のソフトで、目が肥えてしまった私の心をつかむものはなく。

では、定番ゲームをということで、私の趣味であるところ将棋のアプリMを使ってみましたが突然、「落ちる」ことがあるのです。
落ちはしないか、落ちはしないか。勝負は中断しないか……とヒヤヒヤしながら遊んでいても、遊んでいる気がしないのはお察しの通りであります。

で、私は決めました。
「ゲームは何がおすすめですか?」
と尋ねられたら、ブラウザゲームを薦めることにしました。

私が行きついた場所はブラウザゲームでした。
『ブラウザ三国志』をはじめ、複数のゲームを同時に遊んでます。
インストール不要で、ブラウザ内のボタンを操作するゲーム。
iPadとの相性が一番いいです。

ブラウザゲームを遊んだことがある人は、おわかりでしょうが、たいていのゲームが頻繁にアクセスし、細目(こまめ)にコマンド操作をすると、プレイヤーが有利になるようにできています。

Aという命令をくだす。その作業の完了時間が30分後だとします。さて、その30分後、間髪を入れずに次のBの命令をくだすのと、そのまま放置しているのでは、すばやく命令を行ったほうが、ゲーム攻略上、有利なのですね。

有利なのはわかっています。
でも、ノートPCを立ち上げて、ブラウザを起動させて……と思うと、つい億劫に思えてしまう。

ところが、瞬間にネットワークアクセスできるiPadならば、この億劫さがない。
むしろ、ついブラウザゲームの進行をチェックしたくなる心理が働きます。

自分では勝手に「iPadアドバンテージ」と呼んでいるのですが、iPadユーザーはブラウザゲームを進めるにあたって、PCユーザーよりも有利なはずです。

感想。
iPadは(今のところ)、ゲームアプリよりもブラウザゲームのほうが相性がよい。

仮説。
iPad、ならびにそれに類する「タブレット型パソコン」が普及すると、ブラウザゲームのゲーム業界内でのポジションは高まるだろう。



●お知らせ
7月17日(土曜日)は、午前10:00からココにいます。拙稿を2点販売いたします。
各地で開催されますが、私が行く場所は渋谷のコラボカフェです。

アメとムチだけでは「人」は育たない説

  • Day:2010.07.14 12:02
  • Cat:教育
今日は小学生を対象にしたワークショップに参加させていただきます。
自分では「いつもできている」とは思っていませんが、心がけていることがあり、己に言い聞かせるために書きます。

子どもの教育でも、企業内の研修などの場面でも、「アメとムチ」と言う人がいますが、私は、この考え方、好きではないです。

「アメとムチ」。
比喩がとてもよくできていて、わかりやすい。
なんとなく、効果がありそうな感じもする。
そこで、つい使ってしまうのでしょうが……。

そもそも、「アメとムチ」の元の意味は、為政者が大衆をコントロールするための、確かドイツで生まれた政治用語です。国民が反乱を起こさないための運営手法のこと。この例が適切かどうかわかりませんが、「子ども手当て」はアメに属し、「消費税アップ」はムチに属します。

つまり、「アメとムチ」なる言葉には、教育とはほど遠い「だまし」や「目くらまし」みたいなものが、含有物として入っていると思うのですね。

何を言う!
「褒める」と「叱る」は大事ではないか!
……という反論が聞こえてきそうですが、はい、大事です。
あっさり認めます。
私も褒めたり叱ったりすることがあります。

でも、ですね。
できることなら、「褒める」と「叱る」よりも、もう一歩進んだところに行きたいのです。
「褒める」を一歩進めて、一緒に喜ぶ。
「叱る」を一歩進めて、一緒に悩む。(問題解決策を考える)

別次元から「褒める」と「叱る」よりも、一緒にがもっと大切なことだと思うのです。

私は教育学が専門でも、なんでもないのですが、編集者・執筆者の仕事をかれこれ25年間もやってきたんです。この仕事を通じて、一緒にの大切を学びました。

具体的に言います。
私が執筆者として素晴らしい原稿を書いたとします。
それを読んでくださった編集者が「これは素晴らしい」と褒めてくださることは、もちろん、すごくうれしいのです。でも、「私のつくっているこの雑誌が、あなたの原稿によってとても良くなったことが、うれしくて、うれしくてしかたない」と一緒に喜んでもらえることのほうが、もっとうれしい。そして、次回にその方と仕事をするときには、前回以上のパワーを発揮しようとします。

逆もあります。
残念ながら、こっちのケースのほうが多いです。

私が執筆者として素晴らしくない原稿を書いたとします。
それを読んでくださった編集者が「これはダメだ」と叱るのは、職務として当然のことなのですが、悲しい。やる気を失いそうになります。でも、「この良い部分をいかすために余分なものを削るには、どうしましょう?」と一緒に悩んでくださると、ダメなモノ書きも心から救われるのです。

以上、私が考える、アメとムチだけでは「人」は育たない説、でした。
自分がそうされるとうれしいのだから、一緒に喜び、一緒に悩むようにしよう。

テレビ東京と池上彰氏

大相撲名古屋場所初日。
参議院選挙投開票。
W杯サッカー決勝。

今日は全国のブロガーさんにとって、話題が豊富な一日かもしれませんが、私はこのすべてのテレビ番組を見てしまったので、頭が今でも薄ぼんやりしています。気の利いたこと、なんにも言えないのですが、「選挙速報」について異変があったので書きます。

私、子どもの頃から「選挙速報」を見るのが好きでした。
オトナになっても、この性癖は変わりません。
各テレビ局は、どんな予想をしているのか。
CG(コンピュータ・グラフィックス)の映像処理にどんな工夫をしているのか。
放送がはじまると、頻繁にチャンネルを切り替えるのが常でした。

でも、昨日は違いましたね。
予想外。
自分自身、とても予想外なことに、池上彰氏をメインキャスターにしたテレビ東京に、ほぼチャンネルをフィックスさせていました。

ありました。
ありました。
この組織票の解説などは、報道するぞ、みたいな根性を感じました。
他局の、パターンにはまってしまっている選挙事務所の中継の繰り返しが、退屈に思えてしまうくらい。

私の気持ちの中では、テレビ東京が初優勝、池上彰氏が当選、他のテレビ局は取組が終わった後のダイジェストの放送をしているように見えました……って、これで話はオチてるのでしょうか?

「そのデザイン、間違ってます」の意見を知りたい

電子書籍は読むのも書くのも、おもしろい。
感想は「いいなー」です。

2010年6月は、自分にとって記録すべき月で、紙の本を読む時間よりも電子な本を読む時間のほうが長かった。

iPadが出たばかりだった……という物珍しさがそうさせた部分、かなりあります。
だから、これからの読書スタイルが、紙より電子に変わるのかどうかはわかりません。
でも現在、なんの違和感もなくiPadで読書を楽しんでいます。

なのですが、こんな記事が。

電子書籍は紙の本より読書スピード遅い――専門家がテスト

テストの結果、短編を読むのにかかった時間は平均で17分20秒だった。紙の本と比べて、iPadは6.2%、Kindleは10.7%読書スピードが遅かった。ただしiPadとKindleの読書速度には統計的に有意な差は見られなかったという。

満足度に関して1~7(7が最高)で点数を付けてもらったところ、iPadは5.8、Kindleは5.7、紙の本は5.6だった。PCは3.6とかなり低い点数だった。電子デバイスの満足度は高めだったものの、iPadの重さや、Kindleの文字があまり鮮明でないことが不満として挙げられていた。「紙の本は電子デバイスよりも落ち着く」という回答や、「PCは仕事のことを思い出すので落ち着かない」という意見もあった。


かなり意外な印象を受けました。
私は速度差を感じないか、むしろ、電子のほうが速いくらいに体感していましたから。

でも、この記事、よく見るとサンプル数が24人なんです。
サッカーチームが2チーム+2名なんです。
相撲の取り組みだと、12番やったら終わってしまう人数なんです。

このサンプルで読書スピード遅いと判断するのは、おかしいと思いました。
専門家。
テスト。
%がついた数字に、人は弱いですからね。

ユーザビリティ専門家ジェイコブ・ニールセン氏は、Jakob Nielsen氏のことかと思います。
認知心理学とコンピュータ上のデザインの権威といえるような人です。

ですから、私は24人の調査結果ではなく、Jakob Nielsen氏が、iPadやKindleを見て、この部分に改良の余地がある、というズバッとした意見を聞きたいという思いがあります。

ヤコブ・ニールセンのAlertbox -そのデザイン、間違ってます- (RD Books)ヤコブ・ニールセンのAlertbox -そのデザイン、間違ってます- (RD Books)
(2006/07/12)
Jakob Nielsen

商品詳細を見る
株主優待
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。