Hisakazu Hirabayashi * Official Blog2010年09月

ディスクシステム興亡史(1)

漠然とではありますが、明日からは東京ゲームショウのことを書くのかな、と思っていました。ところが、昨日、Twitterでこんなことこんなことこんなことをツイートしたら、予想外の反響がありまして、気が変わりました。

そうだ、ディスクシステムの話をしよう。
当たり前のことですが、25年前のできごとを実体験として見てきた人は、ゲーム業界でも少なくなりました。

東京ゲームショウの情報は、他のサイトでも大量に報じられるでしょう。
私は、あえてこの時期に、ディスクシステムのことを書くことにしました。

ひねくれ者の思考かもしれませんが、今、ディスクシステムとは何だったのか? について整理しておくことは、案外と大事なことかもしれない。今年の出展で注目される「プレイステーション・ムーブ」や「キネクト」……。家庭用ゲーム機の周辺機器ビジネスについて、間接的ではありますが、何かのヒントにしていただければ幸いです。

また、読み方によっては、今、しきりに論じられている電子書籍と流通の問題などに、相通じるものもあるかと思います。

既存のゲーム企業が、ネットワーク・ビジネスで出遅れてしまい、ソーシャル・アプリの台頭を予想できなかった一因として、家庭用ゲーム機と「通信」が断絶してしまった、ディスクシステムのトラウマがあるかもしれない、と深読みすることもできるでしょう。

以下、ご紹介するのは、92年頃に私的につづった未発表の原稿です。
面白半分で、ディスクシステムの登場を「聖戦」と呼び、気取って「興亡史」のまねごとのようなことを書いております。

長文が続きますが、おつきあいください。
なお、東京ゲームショウのレビューについては、平林久和「ゲームの未来を語る」の第2回として9月21日の公開を予定しております。(2010年9月15日現在)

では、行きます。
ディスクシステム興亡史(1)




■ドライブではなくシステム

ディスクシステムは、大まかにいってふたつの部品からなる。
まずは、アダプター。ファミコン本体のロムカートリッジ差し込み口に、カセットと同じ形をした黒い接続部品をはめ込んで、ディスクソフトをファミコンを通して読み書きできるようにする装置。言ってみれば、ファミコンとのつなぎ役をするのが、このアダプターの仕事である。

そして、赤と黒のコンビカラーの箱が駆動装置。どこの家庭でも、たいていはファミコンの下に置かれた。特大の弁当箱のような形をしている。この箱にディスクカードを入れると、内部で磁気ディスクは回転し、プログラム・データはアダプターを経由してファミコン本体へと届く。

ディスクシステムは装着すると、前後左右の本体寸法がファミコンとピタリと合い、まるでファミコンをサンドイッチのようにはさみ込むスタイルになる。

これらふたつの部品からなるディスクシステム。このような装置は、パソコンの用語では「ディスクドライブ」と呼ばれる。だが、任天堂はこの機器のことをディスクドライブとは呼ばずに、……ディスクシステムと呼んだ。もし、任天堂がコンピュータ用語の慣例にならって「ファミコン・ディスクドライブ」とでも命名していたなら、世間はあれほど騒がなかっただろう。

けれど、任天堂はどうしてもこの装置を、ただのディスクドライブに終わらせたくなかった。ファミコンの地位を揺るぎないものとする、システムにしたかった。

以下述べることは、ドラマティックにデビューし、静かに消えていったディスクシステムの興亡史である。

■1985年9月……[聖戦の開始]

任天堂がディスクシステムの構想を発表したのは、『スーパーマリオブラザーズ』が発売された直後の1985年9月のことだった。任天堂は店頭で品切れするほど順調に売れているファミコンであったが、ディスクシステムによって、その地位をさらに強固なものにしようとしていた。

任天堂はとてつもなく斬新、かつ急進的なビジョンを、まだ「業界」として固まりきっていないゲーム業界にむけて告げたのだった。

当時、隆盛をきわめていた任天堂は、守勢にまわることを何よりも嫌った。「攻撃こそ最大の防御」だと考えている。ファミコン帝国繁栄のすべての源である――ゲームのおもしろさ――を拡大するために、任天堂はディスクシステムによって聖戦をしかけたのだった。

任天堂はこの聖戦の勝利を確信していた。
ディスクシステムは、以下述べる4つの魅力を持っていた。

◇第一の魅力〔ライタブル/セーブ機能〕
磁気ディスクを使ったディスクシステムなら、プログラムデータの書き込みができるという利点があった。

ロムカートリッジの「ROM」は、Read Only Memolyの略。ロムカートリッジは、ソフト内部の情報を一方的にハード→モニター→プレイヤーへと流すことができても、プレイヤーからの書き込みはできない。これがファミコンソフトの弱点だった。だが、ディスクシステムがあれば「ソフトに書く」ことができる。

具体的には、プレイヤーが途中まで進めたゲーム経過のデータを保存することなどが簡単にできる。ゲームプレイヤーはもう『スーパーマリオブラザーズ』の前半のステージを、ワープで飛んでプレイを省略する必要はなくなり、「昨日の続きから」ゲームを始めることもできる。

ゲーム経過を保存の効用は『スーパーマリオブラザーズ』だけにとどまらない。それ以上に、長い物語がある思考型ゲームには、セーブ機能が不可欠だとされていた。言い換えれば、ストーリーがあり、何日間もかけて解くような思考型ゲーム(ロールプレイングゲーム・アドベンチャーゲームなど)がないファミコンは、当時のパソコンに決定的に劣る点でもあったわけだ。このウィークポイントは、ディスクシステムがあれば克服できた。

◇第二の魅力〔書き換え〕
磁気ディスクなら書き込みができる――という原理を考えれば、ゲーム途中の記憶ばかりか、ゲームソフトを丸ごと書き換えてしまうことも可能、ということだ。

もちろん任天堂は、それを可能にしようとした。任天堂はディスクソフトに飽きたなら、ゲームの全データを書き換えて、また別のゲームを楽しめる書き換え制度を導入するとも発表。さらに、一回の書き換え利用料金は、500円という破格ともいえる低価格に設定されていた。

◇第三の魅力〔製造コスト〕
磁気ディスクはロムカートリッジに比べて、はるかにローコストで製造できる。また需給バランスが不安定な半導体とは違って、磁気ディスクは市況によって価格が変動することがない。さらにロムカートリッジの場合だと、数カ月かかる製造期間が、ディスクソフトなら約一カ月前後でできてしまう。……などのように、ディスクシステムは供給者側のメリットも多かった。

製造コストダウンの結果、ゲームソフトの市販価格は当時のロムカートリッジの、ほぼ半額の2500円程度で販売できるようになる。もちろんユーザーにもメリットがある。

◇第四の魅力〔メモリー容量〕
もうひとつディスクシステムが魅力的だったのは、メモリー容量の違いである。そのソフト容量が、かの傑作ソフトを引き合いに出して「その容量はなんとスーパーマリオの3倍!」と喧伝されることになった。

▽  ▽  ▽

任天堂は、ディスクシステムによって、当時のファミコン帝国のもろい点をすべて補おうとした。そして今後起きるであろう諸問題を、この聖戦で一気に解決してしまおうとした。

そのために任天堂は、ディスクシステムの魅力を動かしがたいものにする、さらなる決め手を用意していた。

■1985年9月……[将来もたらされる三つの未来像]

決め手とは通信である。
ディスクシステムの背後には壮大な計画があった。

任天堂は、NTTという大軍との同盟(提携)によって、全国にあるファミコンを電話回線とつなごうとしていたのだ。ちなみにNTTは、ディスクシステムの構想を発表する約半年前の1985年4月から民営化されている。

ファミコンと電話回線とがつながると、ディスクシステムが切りひらく新天地では、どんなことが起きるのか?

◇第一の未来像〔電話で書き換え〕
電話回線は、声ばかりではなくデジタルデータを送信できる。そのためディスクシステムは、ホストコンピュータと結ばれた瞬間から、端末としての機能を持つことになる。ディスクシステムは、ゲームソフトであれ何であれ、ホストにあるプログラムの受信装置になれるのだ。

任天堂はこの機能を使って、「書き換え」をやろうとした。新しいゲームは電話回線を通して届けられる。ディスクシステムは、データを受信し、古いソフトを書き換えてくれるのだ。すなわち、ディスクシステムのユーザーは、家にいながらにして、しかも500円という格安料金(通信料を除く)で、次々と新しいゲームソフトが遊べるというわけだ。

◇第二の未来像〔通信ゲーム〕
端末同志が同時にゲームに参加するようなこともできる。いわゆる通信ゲーム、ネットワークゲームの楽しみが、ファミコンでも現実のものになるとされていた。

たとえば野球なら投手と野手、将棋や囲碁なら先手と後手に分かれて、見知らぬ者同志が対戦できる。あるいは、ハイスコアを競うコンテストや、複数の主人公が登場するロールプレイングゲームなども、通信ゲームの世界では夢ではない。ファミコンが電話とつながると、ゲームのおもしろさがまったく新しい次元に広がるとPRされた。

◇第三の未来像〔他の用途への応用〕
さらにディスクシステムが電話回線でつながれば、ファミコンはゲーム以外の用途にも使われるようになる可能性がある。株の在宅取引、ホームバンキング、オンラインショッピング、在宅チケット予約……当時、しきりに実現が望まれていたニューメディアが、ディスクシステムによって一気に普及・実用化するかもしれないともいわれた。これは任天堂が積極的に発表したものではなく、当時の経済誌などは、そう予測した。

■1985年9月……[退路を断つ]

現状を改革する魅力的なスペック、将来楽しみなネットワーク端末としての機能……。ディスクシステムには、明るい光が差していた。

新天地を目指す任天堂は、決死の覚悟でのぞんでいる。任天堂は、ディスクシステムの構想とあわせて今後の自社のソフトの戦略についても明らかにしたのだが、その意気込みは真剣そのものだった。

「85年11月に発売される『マッハライダー』をロムカートリッジの最後の作品とし、以後のソフトは、すべてディスクソフトに切り替える」と宣言したのだ。しかもディスクソフトは、「ほぼ一月に一本のペース」でリリースするとも。

ファミコン帝国のリーダーは、全構成員に態度で示したのだった。
「ウチは本気でディスクシステムに取り組むんだよ。ディスクとロムカートリッジの二股かけるような中途半端なマネはしないのだ」――と。

(つづく)

人間はふたつ分けて、勝ち負け決めるのが好きな動物である

東京ゲームショウは、すでにはじまったようです。
幕張会場では何も行われていませんが、海外からのビジターが集まるレセプションが行われ、記者の方たちの予備取材が進んでいます。

パーティでの雑談も、お固い取材でも、よく語られる話題は……
あっさりと言ってしまうと……

パッケージソフトはダメで、ソーシャルアプリは良い!

また、この記事のことも、よく引用されます。
ものすごくわかりやい対立の図式を設定し、ものすごくわかりやすい勝敗の予測を述べています。
30歳代前半までの私だったら、こういう安易な言説を見聞きすると、目つきがキリッとなったでしょう。
机を叩く、という悪い癖もありました。

でも、今ではやっと感情に流されず、おこがましい物言いですが、達観らしきことができるようになりました。

「これも人間の逃れられない性(さが)なのだろうな」などと思うことにしています。

パーティでの会話では「そうですね、ソーシャルアプリのCMは多いですね」と会話を流すことにし、取材では私の意見を言うまえに、インタビューなさる方の考えを聞くことに徹し、「どうしてそうお考えになるのですか?」などと、逆取材をさせていただいております。

では、私のホンネはどこにあるのか?
「地元の有権者の方や、両候補の政策を最後まで聞いてから判断するつもりです」。
(↑冗談通じてください)

ふたりの恩人から教わったこと

昨日のエントリーについて、反省しています。
本当は「未来」のことを語っているのに、過去を掘り下げすぎました。

GameBusiness.jpにて掲載されています。
「悲観論よ、さようなら」・平林久和「ゲームの未来を語る」第1回。
本日は文章の後半部分について、思うところを述べさせていただき、当ブログでの補足説明は、今回で最終回とします。

さて、その文章の後半部分ですが、私は尊敬するふたりの方の影響を強く受けています。
異なる職業のお二方ですが、私の「財産」といえるくらいに貴重なことを教わりました。ここで、私が授かったお知恵をご紹介することは、読んでくださる皆さまの何かのお役に立つかと思い、紹介させていただきます。

さて、2010年も夏が過ぎて、ゲーム業界では何が論じられているのでしょう。悲観論ばかり、そう思いませんか。

戦争を比喩にするのは不謹慎かと思いますが、自分の頭の中に思い浮かぶことなので素直に書かせていただきます。私が悲観論を述べたのは10年前のことです。真珠湾攻撃をするまえに「日本はアメリカと戦争をやったら負ける」と予測をしたつもりです。ですが、今ごろになって「ゲーム業界はますます厳しくなった」などと述べても、読む価値がない。


私が尊敬する人のひとりは、かつて『月刊アミューズメント産業』を発行していた、アミューズメント産業出版の取締役だったA氏です。(わけあってイニシャル表記にさせていただきます)

A氏は、テレビゲーム登場以前、アミューズメント産業といえば遊園地のことを意味した時代からの業界ウォッチャーで、まさに生き字引のような方でした。大手ゲームメーカーの役員の方たちの自宅の電話番号までご存知で、とてつもない人望と人脈を持った方でした。

A氏はアミューズメント業界=ゲームセンターの運営やゲームセンター用のマシンについて精通していましたが、「新しく登場したコンシューマ業界=家庭用ゲーム業界のことは、よく知らない」。そうご謙遜なさって、家庭用ゲーム業界のことについては、私をよく取材してくださり、『月刊アミューズメント産業』誌に寄稿の場をいただいておりました。

アミューズメント産業が成長する過程で、通過しなくてはいけなかったダークサイドな部分をよくご存知で、知る人ぞ知る「中日スタヂアム事件」の真相を教えてくださったのはA氏でした。しかし、氏はゴシップライターではありません。巨大な山のように持っている“影”の知識があるからこそ、逆に“光”ある理想を求める出版社役員兼編集記者でした。

A氏とお話をすると、この方は自分が属す業界を真剣に想っていることが、一瞬でわかります。A氏は「アミューズメント業界」とも、「ゲーム業界」とも言わないのです。必ず「ウチの業界」と言います。

場所は東京・渋谷、道玄坂交番近くの割烹でした。
ある夜、A氏が私に諭してくださいました。

A氏「平林くんも、モノ書きをやっているんだったら、『消しゴムで書く』って教わったことがあるだろう」
私「消しゴム? ですか?」
A氏「ほら、記事を書くときに、まず、『これはニュースだ』と原稿に書く。その後に、誰がどこで何をしたかを書く。書き終えて、ああ、本当にニュースになっているなと思えば、その記事は良し。『これはニュースだ』の部分を消しゴムで削ればいい。でも、その記事が『これはニュースだ』の続きにそぐわないようであればボツにする……」
私「あ、本で読んだことがあります。自分でも意識しています」
A氏「では、批判記事を書くとき、『これはニュースだ』のかわりに冒頭に何と書く?」
私「…………(沈黙)…………」
A氏「『ウチの業界のために言えば』と冒頭に書くんだよ。その後に、業界に警鐘を鳴らす記事や、企業の姿勢を批判する記事を書く。マシンの不出来を指摘してもいい。で、それが本当に業界のためだと思えば良し、そうなっていなければ自分でボツにすることだな」

これがA氏からたくさん頂戴した財産のうちのひとつです。

かつては業界に警鐘を鳴らす記事を書いていた私ですが、「ウチの業界のために言えば」、今になって危機感を煽るようなことを書くのは意味のないことです。にもかかわらず、そういう記事をよく見かけた今年の夏、いくばくかの怒りが私の体内を駆けめぐります。

そんな感情があるので……上記引用部分……「読む価値がない」の文末のみ、あえて統一性を崩して、文章の全体のうち、唯一「です・ます調」を使っていません。

次です。

この10年間、いや、この産業が誕生したときから、ゲームデザインとは「を・にする」の道を歩んできました。

「テニスをゲームにする」「レースをゲームにする」「射撃をゲームにする」「犯人探しをゲームにする」「野球をゲームにする」「剣と魔法の戦いをゲームにする」「都市計画をゲームにする」「太鼓を叩く行為をゲームにする」……。何かの題材が一定の手順によって、ゲームにされてきました。この創造プロセスのことを私は「『を・にする』の工程」と名づけました。

未来はどうなるのでしょう? 「『が・になる』の時代」がやってくるでしょう。また、そうなってくれることを望みます。「○○がゲームになる」のです。空欄部分○○には、創造力豊かな次世代のゲームクリエイターが、いろいろな言葉を入れてくれるでしょう。「放送がゲームになる」「CO2削減がゲームになる」「住宅がゲームになる」「映画館がゲームになる」……。

プラットフォームの中に閉じ込められたものがゲームではありません。情報・通信・技術が、爆発的な進化をするであろう2011年以降、「社会のいろいろなものがゲームになりたがっている」「日常生活がゲーム化していく」とはいえないでしょうか。


もうひとりは、『ポケットモンスター』シリーズの作者であり、株式会社ゲームフリーク社長の田尻智氏です。

私が出版社の編集者時代、彼とはよく仕事をしました。彼の連載コーナーを担当し、単行本の担当者もやらせてもらいました。こうした日常の仕事のなかで、テレビゲームなるものの真髄を教わりました。ゆっくりと、丁寧に言葉選びをしながら、わかりやすいうえに、含みもある……田尻智氏の言葉は、心にジンジンと響きます。

ある時、彼と話をしていて、天界には「ゲームの神」がいて、その神の使徒として、この人は私に何かを訴えているのではないか? とさえ思ったことがあります。

A氏が「ウチの業界」と言うのと同じように、田尻智氏とゲームをしていると、彼が抱いている尋常ではないテレビゲームへの愛情がすぐに伝わります。

ゲーム機のコントローラを持つときも、遊び終えて机に置くときも、両手で静かに上げ下げするのです。その時のコントローラは、テレビモニターに対して平行になっています。まるで、茶道の達人が、茶器を扱うがごとく、田尻智氏はゲーム機のコントローラを扱うのです。

その彼に教わりました。「ゲームは動詞である」と。
『パックマン』は食べるゲーム、『ディグタグ』は掘るゲーム……。
という着眼点を持った彼は、学生時代、授業中に辞書を開き、動詞を選び、その動詞からゲームを発想する訓練をしていたそうです。

こうして生まれたのが、彼のデビュー作、床を“めくる”『クインティ』であり、その延長線上にモンスターを“集める”“交換する”『ポケットモンスター』があるといえます。

田尻智氏から教わったことなくして、私は「『を・にする』の工程」という発想を持ちえなかったでしょう。

ところが、「ゲームは動詞である」と言っていた彼のオフィスを訪ねると、風景が変わっていてビックリしたことがあります。社内のいたるところに小型テレビが置かれていて、受信できる全チャンネルが放映されていました。

時は『ポケットモンスター』(赤・緑)が発売された後なので、まだ90年代のことです。
このときすでに彼は、「今、ボクはテレビに興味があるんですよ。テレビ、放送ってもっとおもしろくできると思って、会社にテレビを置きまくりました」と説明してくれました。

まだ、デジタル放送が騒がれてもいない時代から、彼はそんな慧眼を持っていたのです。「『を・にする』の工程」のヒントをもらったのと同様に、「『が・になる』の時代」を、今、私が予見するのも、田尻智氏から学んだことだと思っています。

今回、私が書いた文章は、いや、私が文章を書けたのは、ふたりの恩人と巡り合えたお陰です。

最後に、恩人などと言いながら、A氏と田尻智氏には何のお断りもなく、本稿を書かせていただきました。
失敬をお詫びするとともに、私の記憶違いなどございましたらご指摘ください。

プレイステーションの流通システムは良かった

まず、お断りさせていただきますが、このブログはフィギュアスケートをテーマにしたものではありません。
私はフィギュアスケートの専門家ではありません。

と、申しますのも昨日のことでした。
ブログのアクセス数が異様に増えていました。
内心、「良いことを書いたからかなぁ」などと、うぬぼれておりました。
ですが、調べてみると「フィギュアスケート」を検索語にして当サイトを閲覧した方が、なんと全体の40%を占めていたのです。ビックリです。

昨日のエントリーの本題ではなく、たとえ話のほうが検索にひっかかったわけで、フィギュアスケートのファンの方には、何のお役にも立たなかったと思います。

よって、お断り申しあげます。
「フィギュアスケート」からやってきた方は以下は読まないでください。
まったく関係ないことが書かれています。

さて、本題です。

GameBusiness.jpにて掲載されています。
「悲観論よ、さようなら」・平林久和「ゲームの未来を語る」第1回。の解説の続きです。

私は同原稿の29のパラグラフのうち、最も説明不足で、それこそフィギュアスケートにたとえるなら、大減点をされるであろう箇所は……

プレイステーションの成功を支えた流通システム。「新品」を「定価」で販売し、生産数量は問屋ではなく「ユーザーが決める」。このビジネスモデルは画期的で業界に新風を巻き込むものでした。しかし、公正取引委員会の誤った判断により、事実上崩壊を迎えようとしていました。すると何が起きるか? 中古市場が急速に膨らみ、新作ソフトが売れないマーケットに変わることは容易に想像できました。


と、白状をいたしました。

では、説明、もちろん私の主観の説明でありますが、詳しく述べると以下のようになります。

下記の文章は、私がかつて連載していた『日経ゼロワン』(現在は休刊)に寄稿。1998年4月号に掲載されたものです。改行や表記等、若干修正をいたしましたが、大意は掲載時と変わっておりません。

特に見出しが挑戦的であったため、すったもんだもあったのですが、担当編集のK氏が必死になってこの文章を守ってくださった思い出があります。長くなりますがご紹介します。



公取委、SCEへの排除勧告にもの申す

経済学の基礎の基礎を思い出してみよう。
モノの価格とはいったいどうやって決まるのだろうか? 価格(Price)は需要(Demand)と供給(Supply)の均衡によって決まる。需要が多くて供給が少ないと価格は上がり、逆ならば下がっていく。これが資本主義の自然のなりゆきであり掟でもある。ケインズをはじめとする近代経済学者は、この価格決定にいたるまでのシステムを「神の見えざる手」と風雅な言葉で表現した。

ところでゲーム業界の場合、過去何年もの間、この摂理を無視してきたという現実がある。

話はファミコンやスーパーファミコンが全盛期だった頃にさかのぼる。当時のゲームソフトは、ずいぶんといい加減に供給量が決まり、需要が予測されていた。したがって、ユーザーが手にするソフトの価格は乱高下するのが常だった。

まず供給量だが、おそるべきことにこれは市場の意向とはまったく違う次元で決定していた。誰が決めるのか。それはたいていゲーム問屋が決めていた。

あるゲーム会社が新作ソフトを開発したとしよう。このソフトは任天堂の工場で量産されるのだが、その際の委託製造本数はほとんどの場合、(ゲーム会社が受注した)問屋の発注本数と同じになるように設定されていた。

ゲーム会社はソフトを量産するうえで、なるべくリスクを遠ざけたい。そのためには確実にさばける本数を製造する――という慣習が自然と定着したのだった。

つまりゲームソフトの供給量、イコール問屋の発注本数なのである。
しかもこれが決まるのは、実際にソフトが発売される2~3ヶ月前だったりする。さらにそこで用いられる価値基準は「将来売れそうか?」ではなく、「過去に売れた実績があるか?」だった。

有名なタイトル、有力メーカーの作品ならば発注数はふくらむ傾向があり、たとえ良いゲームであっても無名なゲームは発注数を絞られる傾向があった。ゲームソフトの供給量は、こうして発売日のはるか前に、ゲームの良し悪しとは別の次元で決められていた。そこにユーザーの意志は反映されていない。

だが、こんなケインズ先生を無視した経済学が通用するのも、ソフトが発売されるまでの話である。業界の勝手な都合で決められた供給量は、需要に見合わないことが多く、実際に発売されてみると、ほとんどのゲームソフトが法外にディスカウントされる憂き目にあった。

本来ならば1万円以上するソフトが1千円以下で、ワゴンに並べられて売られることもあった。やはりケインズ先生の言っていることは正しく「供給過剰は価格の下降を招く」のである。

ソフトの発売日までは経済の原則を無視した構造で動き、いったんソフトが市場に出ると経済の原則の荒波にさらされる。

こんなことを繰り返して誰が幸せなのだろう?

問屋は在庫に不良在庫に苦しみ、小売店は利益をとれない。仮に無名ながらも良いソフトがあったとしても、もとから供給量が少ないので、ユーザーは手に入れにくい。ファミリーコンピュータが登場して以来、ゲームソフトは間違いだらけの流通という名の川を流れて、僕らの手元に届いていたのだった。

この問題点をなんとか解決の方向に向かわせたのは、SCE(ソニー・コンピュータエンタテインメント)だ。彼らは、一台でも多くプレイステーションを売るために、流通システムを再構築しようとした。SCEの流通システムは創造的だった。

プレイステーション発売に際して、SCEは任天堂とは違うしくみを考えている。SCEは経済原理に則した市場をつくろうとした。ソフトの供給量はユーザーが決めるのが当然だと彼らは考えた。問屋が供給量を決めるべきではない。そういう思想をSCEは持っていた。

店頭にソフトが並ぶ。それを良いソフトだと判断すればユーザーは購入し、万が一品切れしていれば追加注文する。それがプレイステーションソフトの理想的な販売方法だとSCEは考えた。あるかどうかもわからない需要を当て込んで初回生産数で、ドンと商売するのが従来型なら、少しずつでも実需に応じてじわじわと売っていこうとしたのが、プレイステーション型。

これを実現するためにSCEは既得権を持った問屋の猛反発を予想しながらも、制度を変えてしまった。問屋を介さずに、販売店に直販することにより流通マージンを圧縮。最多価格帯が9800円程度だったスーパーファミコンソフトを、プレイステーションでは5800円程度にしたのである。(もちろん、この価格圧縮はロムカートリッジとCD-ROMというメディアコストの違いも寄与している)

ゲームソフトの流通革命だ。

しかし、SCEの掲げた理想を実現するには、越えなくてはいけないハードルがあった。たとえばスーパーファミコン時代では慣例化していた中古ソフトやディスカウント販売。これが継続してはSCEの戦略は、絵に描いた餅になる。市場でユーザーに認められ、リピート注文を繰り返して売り上げ枚数を稼いでいくのがSCEの理想としたモデル。

だが、そうもくろんでいるそばで中古ソフトが売られては、新作ソフトが売れ行きに影響が出てくる。また、在庫過剰が起こり、ディスカウント品が店頭に並んでしまうと、ユーザーは皆、安い商品に流れて誰も追加注文などしなくなってしまう。プレイステーションの流通システムを歓迎した販売店の利益も出なくなる。

ようするにSCEが目標とした「ユーザーが供給量を決める市場」は、ノー・ディスカウント、ノー・セカンドハンド。「値引きと中古品なき販売」を前提にしていたのである。

そのSCEが98年1月20日、公正取引委員会から排除勧告を受けた。メーカーによる小売価格の拘束は独占禁止法違反に該当する、というのである。法を厳格に運用するならば、そうかもしれない。だがSCEがやったことは、ゲームソフト流通を改善したシステムであったと僕は信じている。

その「功」の部分を欠落させて「罪」の部分を強調する団体、公正取引委員会とはいったい何者なのだろう。「公正取引」の言葉だけをとらえたならば、過去よりもゲームソフト流通ははるかに公正になった。SCEは排除勧告どころか表彰されてもいいくらいだ。あえて暴論を言えば、そういう意見を持っている。



この文章をもって、あの短いパラグラフの説明とさせていただきます。
そして、私はこのプレイステーション型のビジネスモデルが崩壊しつつあるので、批判文を書き、同時にゲームソフトの売上の低下を予想せざるをえなかったのです。

不思議なことに、あまり語られることは多くなかったのですが、この公取委の判断は、のちのゲーム業界に大いなる影響を与えた分水嶺であったと私は考えます。フィギュアスケートではなく、ゲームビジネスの専門家として!

ご参考までに、比較図をつくってみました。

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予定をやや変更しまして、文章はフィギュアスケート

  • Day:2010.09.08 10:44
  • Cat:言葉
昨日、GameBusiness.jpにて。
「悲観論よ、さようなら」・平林久和「ゲームの未来を語る」第1回。
を公開いたしました。

>本日公開しました内容は、かなり専門的です。
>言葉足らずの部分も多々あります。
>明日からは公開しました原稿内容の補足説明を当ブログで行う予定です。

とお約束しましたので、説明させていただきます。

でも、その前に……。
少し? かなり? 気が変わりまして説明のまえに、前置きがあります^^
ご容赦ください。

話は唐突に飛びますが、文章を書くという行為は、フィギュアスケートに似ています。読み手は一連の流れとして文章を読むわけですが、書き手は違います。書き手は一本調子ではじめから終わりまで書くのではなく、技と技を巧妙につなげています。

緩急を考え、難易度を考え、与えられた時間に合わせ、流れる曲を意識し、スケートリンクの広さを目一杯使って演技をするスケーターのようです。

演技中に足に痛みを感じることがあります。後半にもなれば、スタミナが切れて呼吸が苦しくなることもあります。それでもスケーターは、苦しい顔ひとつせずに、ときに笑顔を浮かべながら、プログラムを完成させます。

さて、掲載されました私の原稿は、引用部分を除くと29のパラグラフ(=段落)によって構成されています。

このパラグラフを個別の演技とします。
それをフィギュアスケートと同じように審査員が採点した場合、明らかに大減点される箇所があります。

ジャンプで言えば回転不足です。
演技者である私は、トリプルアクセルを、ダブル・トゥ・ループにして読者の目をごまかしているのです。

それはどの箇所かというと、

プレイステーションの成功を支えた流通システム。「新品」を「定価」で販売し、生産数量は問屋ではなく「ユーザーが決める」。このビジネスモデルは画期的で業界に新風を巻き込むものでした。しかし、公正取引委員会の誤った判断により、事実上崩壊を迎えようとしていました。すると何が起きるか? 中古市場が急速に膨らみ、新作ソフトが売れないマーケットに変わることは容易に想像できました。


です。
回転不足=説明不足のきわみです。
29のパラグラフのうち、最も質の低い演技をしています。

ここに書いてあることは、約15年前。
初代のプレイステーションが発売された時期に、ゲーム業界にいた人でないとわからない話です。

さらに言うならば、それ以前、スーパーファミコンの流通システムと対比できる経験や知識がないと、腑に落ちない文章でしょう。しかも、輪をかけるように、公正取引委員会などという、いかめしい組織名が出てきて、それを筆者である私は、理由も述べずに「誤った判断」と断じているのです。

ああ、今、読み返しても恥ずかしい駄文です。
ですが、主題は過去の説明をクドクドとすることではなく「未来を語る」ことなので、ここはスピード感重視で、迷いに迷ってジャンプの回転数を減らしたのでした。

では、いったい詳しく説明するとどうなるのか?
それをやってしまうと今回のエントリーが、膨大に長くなってしまうので、それは次回までの預かりとさせてください。本日は内容解説ではなく、書き手の心理解説、ということで失礼いたします。

「ゲームの未来を語る」開始しました。

最近、当ブログで私がゲーム業界のことを、あまり語らなかったのはグッと力をためていたからでした。

今日、その一端を公開できるようになりました。
GameBusiness.jpに連載第1回が公開されました。
皆さまにお知らせいたします。

「悲観論よ、さようなら」・平林久和「ゲームの未来を語る」第1回。
コチラです→http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=2100

当初は予定していなかったのですが、昨日の夜に土本学編集長から、「私からの一言も入れたい」とのお申し出をいただき、冒頭の一節が加わっています。ありがたいことです。

本日公開しました内容は、かなり専門的です。
言葉足らずの部分も多々あります。

明日からは公開しました原稿内容の補足説明を当ブログで行う予定です。

乱暴なアドバイスしかできなくてゴメン

  • Day:2010.09.03 20:40
  • Cat:働く

仕事がうまくいかず困っていて。
これが転機ってヤツでしょうか。
どうしたら良いかわからなくなっちゃって、何かいいアドバイスなどありませんか?


と、乱暴な相談を持ちかけてくれたY君へ。
事情がわからないので乱暴にお答えします。
「仕事がうまくいかず」が自分のせいなら、しかたありません。
実力を身につけてください、としか言いようがありません。
「仕事がうまくいかず」が会社のせいなら、しかたありません。
そういうものだと諦めてください。

世の中に夢のような会社はありません。
会社はドイツ語でゲゼルシャフト(gesellschaft)といって、利益社会に存在します。
いっぽうで利益を度外視した共同社会の側面も持ちます。
これを、ゲマインシャフト(gemeinschaft)といいます。
つまり、二面性があり、矛盾した存在ともいえるのです。

心配のないストレスもひずみもない生活を想像するのは心楽しいかもしれないが、これは怠け者の夢にすぎない。

と、ルネ・デュボスというエライ人は言っています。

その矛盾した会社が、自分のことを知ってほしいのに、秘密にしておきたいこともいっぱいある人間を集めて、存在そのものが矛盾といえるかもしれない、お金を稼ごうとするのですから、どこかが歪むものなのです。

でも、缶コーヒーBOSSのキャッチコピーは、きっと正しいことを言っていて私たちは、「このろくでもない、すばらしき世界」を生きているのです。……という乱暴なアドバイスでした。
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