Hisakazu Hirabayashi * Official Blog2011年06月

挑戦的なWii U

他紙、他サイトはNGP改めPlayStation VITAとWii Uを同列に扱っています。

E3 2011で発表された、
日本の家庭用ゲーム機メーカーの、
新型ハード。


置かれた環境は同じです。
そして書かれている内容は、カンファレンスで発表されたことの要約記事が目立ちます。

……が書き出しです。
と、自分で言ってしまった以上、要約記事ではないことを書きました。
元記事と配信サイトを紹介させていただきます。
ご覧ください。

挑戦的なWii U・・・平林久和「ゲームの未来を語る」第19回(E3特別編)
http://www.gamebusiness.jp/article.php?id=3820
http://www.inside-games.jp/article/2011/06/08/49532.html
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110608-00000019-isd-game


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▲発表会でのスクリーンから

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▲発表会終了後の光景

E3 2011の事前報道など

E3(Electronic Entertainment Expo)は、今日から企業ごとのカンファレンスがはじまります。

展示会は明日からですが、事実上、「今日からはじまる」という気分です。
現地時間の朝に目が覚め、こんなツイートをしておりました。

CNNの概要記事
http://twitter.com/#!/HisakazuH/status/77714622395842560
SONYを危惧した記事
http://twitter.com/#!/HisakazuH/status/77720769035116544
マイクロソフトはキネクトとXbox TVに注目が集まる
http://twitter.com/#!/HisakazuH/status/77717741368385536
新型Wiiについての報道
“with a 15cm (6in) touchscreen display, motion controls and camera.”
http://twitter.com/#!/HisakazuH/status/77719478594580480

以下、事前に公開された動画のなかから気になったものを紹介いたします。








E3 2011:
Final Fantasy XIII-2 GameSpot Exclusive E3 Trailer
(PS3, Xbox 360)
http://www.youtube.com/watch?v=bor6HiRwPYg

E3、開幕をまえにして

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E3(Electronic Entertainment Expo)が、まもなく行われるロスアンゼルスに着きました。

ホテルのテーマカラーのオレンジ色に包まれて、こぢんまりとした部屋に滞在しています。

ロスアンゼルスのダウンタウンは無機質な街です。
心が和みます。
今は朝です。

先週、未公開原稿「ゲームソフト流通物語」をミニシリーズにして続けてエントリーしました。
あれらは、私自身への再確認の意味がありました。

1980年代、ファミリーコンピュータの時代から、ゲームソフトはB to B(Business to Business=企業間取引)される商品だったのですね。
この単純だけど、重要なことを、書いておきたかった。

なぜか。

E3の開催目的は、B to Bの商談の場だからです。
E3は日本の新聞や経済誌では、「国際見本市」と紹介されていますよね。

E3の公式Webサイトを見てみましょう。
上部のタブにVIP Buyer Programと書かれています。

E3で一番偉いのは、大企業の社長でも、著名クリエイターでも、有力媒体のジャーナリストでもなく、ソフトを大量買い付けするVIP Buyerです。

VIP Buyer、たとえば世界最大の小売チェーン店、ウォルマートは初夏のうちに、年末商戦の作戦を計画します。計画を立てたら、それを数千枚単位でチラシ印刷を用意します。ものによっては中国の印刷会社に発注をし、刷り上がったチラシの船便の到着を待ちます。

アメリカの年末商戦は、サンクス・ギビングデイ(Thanksgiving Day=11月の第4木曜日)からはじまります。

E3は、こうしたVIP Buyerへの配慮から、例年5月下旬か6月上旬に開催されるようになったのです。

ですが、時代は変わり、ゲームソフトという商材はB to BからB to C(Business to Consumer=企業と顧客の直接取引)になってきています。

ソーシャルゲームがそうです。
ダウンロード販売がそうです。
これらには物流は必要ではありません。
例にあげたVIP Buyerのひとつ、ウォルマートもオンライン・コマースをしています。

B to BからB to Cへ。
時代の変わり目(もう変わった?)時代のE3を私は見にやってきました。

取材というのは難しいものです。
何も考えずに行き当たりばったりでは、いい記事は書けません。
考えすぎて、結論ありきで取材しても、いい記事は書けません。

はっきりとした問題意識が必要です。
でも、それは柔軟でなくてはいけない。

こんなことを心がけて、私のE3がまもなくはじまろうとしています。


大きな地図で見る

VITA

海外サイトでリークされたというNGPの正式名称「PS Vita(PlayStation Vita)」。

VITA

イタリア語で「生活」。
スウェーデン語で「白」。
アイスランド語で「知っている」。
スワヒリ語で「戦争」。
ハンガリー語で「議論」。
ラテン語で「人生の」。
ルーマニア語で「牛肉」。

もしこの報道が本当ならば、イタリア語で「生活」からつけたネーミングである可能性が高いと予測しました。
ですが、スワヒリ語圏の人は物騒だし、スウェーデン語圏の人はカスタムブラックなどのカラーバリエーションが増えたら混乱しそうだし、ハンガリー語圏の人は話しばかりしそうだし、ルーマニア語圏の人は食べちゃいそう。

そして英語では“ヴァイタ”の発音で「「履歴(書)」や「自伝」「伝記」の意味があります。@gushoutさんから教えていただきました。女性の名前、Victoriaの愛称もVITAです。

長いエントリーが続いたので、息抜きネタでした。

「ゲームソフト流通物語(5)」

■見込み発注とカバン師

 話は、唐突に飛ぶ。
 阿佐田哲也著の小説「麻雀狂時代」に、こんなくだりがあった。
 少々長くなるが、引用したい。
 文中の「空野」とは、小説の主人公で、無頼の博打打ちの名前である。

――空野は、押入れや戸棚を開けっ放しにして、ぎっしりつまった生のままの札束を、しばらく眺めていた。不安をそれで押さえつけようとした。博打打ちは例外なく、臆病である。空野のような怪物でさえ、そうである。いや、強い博打打ちほど、臆病だといえよう。(中略)博打打ちという人種は、自分の財を、銀行に預けたり、不動産などに変えたりしない、たとえ何億貯まろうとも、現金のままで、自分のそばにおいておく。それにはいろいろの理由があるが、まず第一に、現金がいつも必要であるということ。現金こそ彼等の武器であり、仕事道具であるわけで、その量は多いほど威力を増す。(中略)べつのいい方をすれば、金というものは、博打打ちにとって、常に流動している不確かなものにすぎないのだ。何千万、何億あろうと、部屋じゅうが札束で埋まろうと、明日、スッカラカンになるかもしれぬ。明後日、また復活して倍になるかも知れぬ。金とはそんなものにすぎない。彼等は、ギャングがピストルの手入れを怠らないように、現金を愛蔵する。しかし同時に現金に固執もしない。金は、ひとつまちがえば、鼻っ紙である。ところが、(博打打ち=空野は)その金を占領するために、命を賭けて戦うのだ――



 なぜこんな文章を引用するのか。私はその職業について知った時、まっさきに思いだしたのが、この小説の、まさしくこのくだりだったからだ。

 ゲームソフト流通の業界には、小説の登場人物――空野――のような生き方をしていた人間がいた。
 一時期ではあるけれど、数十人は生息していただろうと推測される。
 彼らは鶏群、つまりゲームソフトの乱作傾向が目立ってきた八七年ごろから、さまざまな圧力がかかりはじめた90年、91年までが、活躍のピークだった。
 彼らのような職種を、人はカバン師またはカバン屋と呼んだ。

 カバン師の仕事は、ゲームソフト発売元がつくりすぎたゲームを、安く買いたたいてはサヤを乗せ、ディスカウント店などに売りさばくことだった。

 カバン師のような稼業が生まれたのも、ゲームソフト流通の歪んだ構造が原因だ。
 彼らの生態を見てみようか。カバン師はたいてい、こんな風にしてやってくる。
 
 たとえば、あなたが中堅ゲームソフト発売元の営業責任者であるとしよう。ゲームが完成に近づくと、あなたはいつものように新製品案内資料を持って、一次問屋各社にセールスをする。「ぜひ、このゲームを仕入れてください」と注文を集める。
 
 しかしあなたの予想よりも、受注本数が集まらないことはまま起こる。売れない理由はいろいろあるだろう。多くの場合、あなたの会社とあなたの会社のゲームは、例の1から10のどれかに引っかかっている。そのため、思うように注文が集まらない。
 
 だがあなたは、有能で仕事熱心である。さらにあなたは、かなりすぐれたゲームを売ろうとしている。社内の評判も高い。

 こんな場面で、あなたは次のような考えに取り憑かれる。
 「良くできたゲームなのに、問屋はこのゲームの良さをわかってくれない。だから注文が来ないのだ。なにせ彼らの品を見る目は甘い」……と。

 ちなみに今、集まっている注文は5万本としようか。ここであなたは頭の中で計算をはじめる。「実際に市場に出れば、ユーザーの間では評判になり、すぐに追加注文が入るだろう。こんなに良いゲームが5五万本で終わるわけがない。

 もしかしたら発売前にも追加注文が取れるかも……。完成版のソフトを持って、もう少し粘って営業をかければ、1、2週間で注文は増えるさ。その数は、2万本ほどか」。売り時を逃がしたくないあなたは、任天堂にマスターロムを持ち込み、製造委託を申し込む際、こう決断し契約を交わした。
 7万本!
 あなたはあえて、a=問屋の発注本数に水増しをして、c=任天堂への製造委託本数を決めた。業界用語で俗に言う見込み発注(発売元が問屋の追加を見込んで、任天堂に発注するの意)だ。さて、ここからがあなたにとって勝負の時だ。買い取り販売が原則のゲームソフトの商売で、あなたは発売元在庫を背負う覚悟をしている。

 追加注文がくれば、「すぐに用意できますよ」と答えて、吉。
 こなければ、利益を丸ごと吐き出して、凶である。

 すみやかに吉、と出れば問題ない。
 しかし、ぐずぐずしていると……。言い替えるとあなたの手元に、現物の在庫があることが噂になると、不良在庫をハイエナのようにあさって生きるカバン師は、あなたをつけ狙う。

 残念だが、あなたは凶の気配が濃厚だ。カバン師があなたの会社を訪れる。あなたは迷う。
 会おうか、会うのをやめようか。だが、ここでは話を進めるため、あなたは面会することにしたとしようか。

 カバン師が応接室のソファーに腰掛けた。
 カバン師というからには、彼らはカバンを持ってきていた。どんなカバンか? それはあなたが抱えている在庫の量によって違うはずだ。なぜなら彼らのカバンには、在庫を買い取るための現金が入っているからだ。アタッシュケースの時もあれば、ボストンバッグの時もある。無頼の博打打ちのような彼らは、現金を持ち歩き、その現金で商売をしている。

 カバン師は、あなたに申し入れている。通常なら65%前後の掛け率で一次問屋に卸した商品を、30%から40%の掛け率で仕入れたいと。

 あなたは、追加注文がいっこうに集まらないのにイラだっている。ついにカバン師の条件を飲むことにした。
 足元を見た人間と、背に腹は変えられない人間の同志の交渉は、意外とあっさりと決まるものだ。
 あなたの場合も、そうだったのだ。ここで仮に、定価6000円のソフトの2万本すべてを40%で売ったとしよう。

 するとカバンの中身の現金、6000円×40%×20000本=4800万円は、その場であなたの会社のものになる。
 そしてカバン師は風のように去り、一次問屋を通した正規ルートからはモノが流れにくい、ディスカウント店などに飛ぶのだった。

 あるいは度胸のあるカバン師なら、露天商(ファミコンソフトはテキ屋も仕入れている)の元締めの門でもくぐるのかもしれない。

 今度は彼らが現金をもらう番になった。
 ここで彼らは、たった今、あなたが卸したゲームに、サヤを乗せて商売をする。5%としようか。6000円×0.45%×20000本=5400万円の現金が、彼らの空っぽのカバンに入る。これだけのことを、腕と運が良ければカバン師たちは、半日でやってのけるのだった。

 ところで、古めかしい俗称で呼ばれていたが、カバン師たちの年齢は若い。
 当時の年の頃で、20代後半か、30代前半の若者がほとんどである。
 彼らの多くは、ゲームソフトの二次問屋、零細な流通業者をスピンアウトした経歴の持ち主が多かった。

 彼らは若い。若いからゲームの良し悪しをまっとうに判断できる。
 なのに、彼らの元上司ときたらどうだ。流通業のボスたちは、甘い判断をする。若い彼らにしてみれば、上司の的外れな商品選択は、「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」に思えてしかたなかったのである。
 
 そこで彼らのうちの誰かが、独立して自分の商売をはじめた。ゲームソフト流通の盲点をついて、発売元在庫の直取引をはじめることにしたのだ。在庫専門の流通業という呼び方もできるかもしれない。

 だが、若くて組織に属さない彼には信用がない。だから彼らは、カバンにはち切れんばかりの現金を詰め込むことにした。
 仕事に不満を持った若者たちは、
 不自然な流通機構を疑問に思った若者たちは、
 おかしな判断基準を鼻で笑った若者たちは、カバン師となったのだ。
 
 カバン師たちは、引用した小説の主人公・空野のように、現金を愛蔵している。
 その理由もまた同じで、「現金こそ彼らの武器であり、仕事道具」だからだ。
 カバン師はいつ仕事がはじまってもいいように、押入れや戸棚に現金をしまった。ただ、彼らは阿佐田哲也が描く昭和中期の博打打ちと違って、情報戦にそなえたハイテク武装を怠らなかった。取引先を入力した電子手帳、ノートパソコンなどは当たり前で、当時は、まだめったに見かけなかった携帯電話や、高価な無線機まで持って盗聴まで行う輩もいた。

 彼らにとって現金同様、情報もまた命だった。どこに、どれだけ、在庫があるか。誰よりも早く知らないことには、商機すら訪れない。受注初期の一次問屋の評判、マスター入れの時期、発売元の資金繰り、未発売ソフトのディスカウント店での買い取り価格……。あらゆる情報を彼らはリアルタイムで入手しようとした。

 もちろんカバン師の評判は芳しくなかった。
 カバン師たちは皆、ハイテク機器を愛用するのと同じように、高級車に乗り回した。

 彼らのもとには、客が訪ねるわけでもないので、軽事務所すら借りていない場合が多い。自宅を転々と移っていれば、税務申告をも逃れられる――という思わぬ利点もあった。
 これでは彼らの武器、すなわち金は貯まるいっぽうだ。余った金は、毎日のように発売元とディスカウント店を往復する、高級車ぐらいにしか使い道がなかったのである。そんな彼らの乗るクルマを、真っ当なゲーム業界の人々は「ファミコンベンツ」と呼んで蔑(さげす)んだ。

 ファミコンは任天堂の商標である。ベンツはダイムラー社の商標だ。
 だがなぜか、このふたつの商品名が結びつくと、えもいわれる下品な響きがあった。

 事情を知っているゲームソフト発売元の社員は、自社の玄関に「ファミコンベンツ」が駐車されるのを見ると、嫌な顔を彼らに向けた。それでもカバン師は、生来の博打打ち、空野のように図太く生きた。右手で「ファミコンベンツ」のハンドルを握り、左手で次の在庫の連絡を受ける携帯電話を握りしめて、彼らは野放図に生きた。
 
 しかし彼らの命は、そう長くは続かなかった。
 見込み発注が盛んだった時期もまた、短かったからだ。ファミコンソフト市場が飽和点に近づくにつれて、もう誰も問屋の追加を見込んだりはしなくなる。その結果、発売元在庫はめっきり数を減らし、彼らの食い扶持は無くなっていくのだった。

 それに彼らのような職業が減った原因は、あなたが一番よく知っている。もう一度あなたが、中堅ゲームソフト発売元の営業責任者だとしよう。新作ソフトを発売するたびに、何度もカバン師の顔を見たら、もう見込み発注をやめようと思うのは当然ではないか。

 「ゲームソフトの流通の意識は遅れている」と言われて久しい。またある人は、「流通機構の抜本的な改革を」とも指摘する。だが、ゲーム業界をテーマにした、にわか評論家が書いたビジネス書や、短期間で走り書きしたかのような証券会社のアナリストレポートの常套句を、私が軽々しく書けないのは、カバン師たちを見たからである。

 自分たちの知識や情熱を、所属する業界や組織の改革に力を向けず、その構造の盲点を突いて甘い汁を吸って反逆した、若きカバン師たち。こんな若者を輩出してしまった業界に、自己改革を促しても無理だと思えるからである。

 だから今シリーズで、私が言いたいことは、ただひとつだけである。
 ゲームソフトの流通問屋。
 彼らにもっと同情を!

(完)

「ゲームソフト流通物語(4)」

■「鶏鶏鶏鶏鶏鶴鶏鶏鶏鶏鶏」時代に突入

 ところで奇怪に思われそうなのは、この見出し「鶏鶏鶏鶏鶏鶴鶏鶏鶏鶏鶏」である。
 「鶏鶏鶏鶏鶏鶴鶏鶏鶏鶏鶏」と書いて、これを鶏群の一鶴(ぐんけいのいっかく)と読んでもらいたい。
 掃き溜めの中の鶴、という慣用句の語源ともされる鶏群の一鶴は、任天堂・山内溥社長(注・肩開きは当時)がしばしば口にするたとえ話だ。

 生活必需品ではない娯楽の商品は、品数さえたくさんそろっていれば、いいわけではない。その中で、群を抜いておもしろいものがなければダメだ。平凡な鶏ばかり集まっても市場は活性化しない。必要なのは鶴。非凡な少数の鶴こそ、娯楽の市場をリードするという意味が込められている。山内社長は娯楽マーケットの特性を言いあらわす時、しばしば鶏群の一鶴の比喩を用いた。ちなみに同社長の説は、その鶴だけが勝つ「一強皆弱」という言葉に続く。

 山内溥社長の鶏群の一鶴発言を、はじめて私が聞いたのは、87年6月、あるソフトの発表記者会見だった。
 任天堂はこの年、フジテレビジョンとタイアップして、『夢工場ドキドキパニック』というゲームをつくっている。タイアップと言っても、このゲームはのちにアメリカでは「スーパーマリオブラザーズ2」の名前で発売されたことからもわかるように、任天堂製のゲームソフトである。



 フジテレビはこの年、東京都中央区晴海で「夢工場」というイベントを企画している。
その事業の一貫として、ファミコンソフトの販売を行ったのだった。そのソフト製作を特に任天堂に依頼。それを受けた任天堂が、『夢工場ドキドキパニック』のお披露目の記者会見にも立ち会ったというわけだ。

 『夢工場ドキドキパニック』の発表記者会見席上、山内社長は当時のゲーム業界全体を展望して、「近ごろのファミコンソフトは、ブロイラーのように個性がない、鶏みたいなソフトが多すぎる」と一刀両断した。そしてくだんの鶏群の一鶴理論を展開。最後は、「任天堂がつくった『夢工場ドキドキパニック』は、鶴だから、その鶴を見逃さないように、よろしくお願いします」と話を結んでいる。

 山内社長のスピーチは迫力があった。ファミリーコンピュータが発売されて4年を迎えたこの夏、ファミコンは鶏群つまり、凡庸なゲームに取り囲まれるようになってしまったことを、自らが認め、なお、喝を入れる意気に満ちていた。

 前述した発売元のエゴがあまりにも目にあまるようになってきたのは、ちょうど1987年のこの頃だった。エゴと決めつけるのが早計だとしても、鶏たちが一気に群れをなしたのは間違いない。

 もう一度、1年間のファミコンソフト発売タイトル数を書くと、
 83年、10タイトル。
 84年、19タイトル。
 85年、66タイトル。
 86年、115タイトル。
 ここまではすでに触れた。

 それが87年になると、189タイトルに、また跳ね上がるのだった。
 前年のほぼ六割増である。つまり1987年の夏は、おびただしい数のひよこが、鶏になっていく真っ盛りだったのだ。そこで、言わずにおけなかったのが、山内社長の鶏群の一鶴発言だったのだろう。
 
 よくわれわれは、家電AV機器やパソコンの広告などで、「豊富な○○タイトルのソフトが用意されています」という触れ込みを見かける。だが、この論法は山内社長には通用しない。
 
 「アタリショック」を教訓とし、ソフトの粗製乱造を警戒してファミコンのビジネス構造を考えた山内社長は、危機に対して敏感だ。任天堂の歴史をさかのぼれば、業績が乱高下した会社である。そんな経験則もあるからだろう。

 ちなみにこの時の山内社長は、鶏をたくさん生んでしまう、シビアな選別がされない業界構造に、任天堂の製造委託方式に一因があるとはもちろん言っていない。

 仮に、数週間でファミコンソフトが製造でき、ユーザーの好みがダイレクトに伝わるしくみになれば、ことは解決するのだろうか? それでも多分、鶏は減らないし、鶴は増えないだろう。短期間で製造できるディスクシステム用ソフトに非協力的だったのは、ソフト発売元。最もユーザーの好みがダイレクトに伝わる電話回線による書き換えに抵抗したのは、問屋各社だった。(注・ディスクシステム興亡史を参照)
 
 任天堂が製造委託によって利益を放棄し、ソフト発売元に利益を還元すれば、ソフトの質は上がるのか? そしたらソフト発売元はもっと儲けようとして、鶏はさらに増えるだろう。
 山内社長はおそらく、「任天堂の製造委託をとやかく言う前に、やるべきことがあるだろう」と考えている。

 話は拡散してしまったが、この山内社長の発言を通じて私が言いたいことは、次の二点につきる。
 1.1987年、ファミコンソフトは完全に鶏群時代に突入している。189タイトルという数字が示しているし、任天堂社長自らがそのことを指摘している。
 2.鶏群の問題について任天堂は、ソフト発売元側の努力不足だと言っている。そしてその中から鶴を発見するのは流通の仕事だと言っている。

■問屋の実績主義、発見しにくい鶴

 ファミコンソフトは鶏群の一鶴の時代になっている。
 問屋は、もう「ソフトの良し悪しを判断するのが苦手」などとは言っていられなくなったのだった。
 いかに鯉のぼり体質の中で育ったとはいえ、鶏と鶴の区別をしないことには、彼らはおつきあいに疲れて、倒れてしまう。
 そんな環境に追い込まれて、彼らが考えついたのは、過去の事例を重んじて、ゲームソフトの仕入量を決めるやり方だった。

 あるゲームがある。
 それをプレイする。
 おもしろさを感じる。
 顧客の顔を思い浮かべる。
 のちの反応も予想する。
 それから顧客の総数をはじき出してみる……。

 本来ならば仕入量とは、こんな手順を踏んで、多分に未来予測の要素を含んで決められるべきである。
 だが、実際には玩具問屋が、何よりもこだわったのは過去の実績だった。

 リスクが大きい商品――玩具をあつかってきた彼らは、いざという時に、どうしても保身的な方向に思考が行ってしまったようだ。それに、すでに述べたように彼らは、完成したゲームソフトをプレイしないで発注するシステムの中に組み込まれてもいる。
 
 玩具流通は、未来予測をしないで経験から物事を考えた。そして、彼らは彼らなりの公式を発見するのだ。
 ここでは仮に、「ゲームソフト初期販売本数決定の10大要素」とでも呼ぼうか。
 玩具問屋各社は、以下の要素を体系立てて判断の基準にしているわけではないのだけど、だいたい次のような優先順位でゲームソフトを評価し、ゲームソフトの仕入量を決めていた。
 
 つまりわれわれが「すごく売れた」とか、「たいして売れない」とか、日頃気にしているゲームソフトの発売本数とは、以下の判断基準のふるいにかけられて決まっているのだ。

◎ゲームソフト初期販売本数決定の10大要素

1.発売元名……会社の知名度はあるか? 潜在的な販売力はあるか? 近作の売れ行きはいいか? 近作の在庫率は? ブランドイメージは?

2.宣伝・販売促進計画……宣伝予算は多いか?(テレビCMはあるか?) 雑誌などのパブリシティは望めるか?

3.タイトル……ゲームタイトルに訴求力はあるか? たとえば、人気キャラクターや有名人とのタイアップで商品認知は約束されるか? 過去の人気ゲームのシリーズもので安定的なファン層がついているか?

4.個性……ゲームにわかりやすい特徴はあるか? またそれは、実際にやってみなくても、話を聞いただけでもおもしろそうなくらいにインパクトはあるか?

5.見ばえ……ゲームを静止画像で見た時の画面はきれいか? また派手な印象を与えるか?

6.移植前の実績……アーケードゲームやパソコンゲームの移植作の場合、移植前の実績はどうか?

7.作品の評価……実際にプレイしておもしろいか? 口コミは期待できるか?

8.作者……原作・シナリオ・キャラクターデザイン・音楽の作者が、有名で実績のある人物か?

9.トレンド……ゲームの扱う題材が時節に合っているか?(プロ野球ゲームならばシーズン開幕時に発売されるか、等)

10.競合市場分析……他の人気ゲームとバッティングはしていないか?

 これならば、7を除くすべてが、1セットの新製品案内資料でも判断できてしまうのがわかるだろう。
 じつに便利な物差しだと言える。

 しかもこの1から10の実績重視の物差しは、かなりの正確さを誇っている。
 不良在庫の苦い経験をしてきたビジネスマンが編み出しただけのことはあって、そう多くのあやまちを犯さない。早い話、特に重要な1と3、有名な会社の有名なゲームはやはり売れるし、無名な会社の無名なゲームがよく売れることはまれだった。
 
 ただし、この物差しには問題があった。
 短期的な判断をするうえで有効だが、長い目で見ればゲームビジネスをミスリードした元凶でもある。業界に定着した実績重視の価値観は、コンピュータゲームが本来持ち続けてきた発明精神を、変えてしまうのに十分の威力を持っていた。

 玩具流通が、ゲームソフト発売元に暗に求めたのは、冒険ではなくて安全。その結果、ファミコンソフトのおもしろさは、ボディブローを浴びたボクサーのように、だんだんと精気を失せていくのだ。あえて短絡的に述べてしまうと、ゲームデザインの保守化が進む。 

 なんとも皮肉なことに、鶏の中から鶴を見つけるはずの価値基準が、かえって鶏を増やしてしまうことにつながっていくのだ。

 ゲームデザインの保守化について、具体的に示してみようか。
 もう一度、1から10までの箇条書きの確認を。当時から現在にいたるまで、巷にあふれかえる鶏たちのほとんどが、これら価値基準と何らかの因果関係がある。
 
 3は、何を生んだのだろう。「キャラクターもの」と「有名人の冠ソフト」と「シリーズもの」という名の鶏だ。のちにブロイラーのように繁殖した。
 4は、本来なら難しいことだ。だが、割り切れば簡単なことでもある。他のアイデアにわかりやすい付加アイデアを与える程度でよければ、そこそこの鶏は、いくらでも生むことができる。
 5はまず、ゲーム作家の意識に悪影響を与えた。ゲームデザインとは「独自のルール」を考えることではなく、「見せ方」と「グラフィックを強化する」ことと勘違いするゲーム作家を多数育成した。
 6はアイデアを使い回した鶏を生み、8は何のゲームへの見識もない、著名人がつくったことにした鶏を生んだ。
 
 多くのゲームソフト発売元は、1と7は常に放置している。ブランドイメージを良くし、すぐれたゲームをつくるのは、最も手間がかかることだからだ。特に新規参入したゲーム会社は、手っ取り早く攻めやすいところから攻めなくてはいけなかった。攻めたのは、3、4、5、6、8、9、10。
 
 だが、これをやればやるほど1のレベルは相対的に下がり、7、つまりすぐれたゲームも生みにくい。そうこうするうちに、発売元間格差は広がって、2の差もますます広がっていってしまう。開発費や開発期間の差も大きくなって、7の差はさらに歴然としてくる。そして競争に落ちこぼれそうになった会社は、必死に3、4、5、6、8、9、10の公式をまた逆手にとって、問屋好みのするソフトづくりに励む……。
 
 この悪循環を指して「ゲームデザインの硬直化」と私は呼んでいる。
 いったい彼らは何をやっているのだろう。悲しい。これではまるで鶏たちの堂々めぐりである。

 玩具流通の問屋は、ユーザーの目の届かないところで、仕事をしている。
 倉庫を管理し、トラックでゲームソフトを店舗に運んでいる。われわれの手元にゲームソフトが届いているのは彼らの勤労のおかげなのだ。感謝こそすれ、非難してならない。また、その過程で彼らが何を仕入れ、いかほどの在庫を残し、どれだけの利益をあげようとも、法を犯さないかぎり自由である。
 
 返品ができようと、できなかろうと。現金取引をしようが、手形決済をしようが。われわれは玩具流通のビジネスに、妙な口をはさんではいけない。

 しかしながら、モノを流通させる人々が、モノつくる人の価値を、あまりにも縛りつけてしまうのは、結果論として罪深い。
 
 多かれ少なかれ、どの業界どの業種でも、流通業とはつくり手の価値を縛る宿命を持っている。だが、ゲームソフトの場合、コンピュータゲームが本来進んでいく姿と、流通が求める姿が違いすぎている。
 
 突然に私見を述べるが、ファミコンソフトのゲームデザインは、80年代の後半から90年の前半にかけて停滞期に入る。「新しい刺激こそ美徳」とする、ゲーム業界特有の気風は、この時期、急速にしぼむのだ。

 ゲームビジネスに触れて日が浅い人にとって、1から10の物差しは目新しいものかもしれない。
 けれども、これくらいのことは、ゲーム業界に属す者ならば、誰もが知っていることでもある。
 問屋はどういうゲームを求めるのか?
 
 経営者は腹の底から知り、営業マンは肌交渉相手の顔色で知り、マーケッターは頭で知っている。
 ゲームソフト初期販売本数決定の10大要因? こんな大げさなタイトルは、笑い飛ばしたくなるくらいに、業界の皆が「問屋はどういうゲームを求めるのか」を体内にすり込まれている。

 そんな無茶苦茶なことをしていても、ゲームビジネスは死滅しないのはなぜか。
 超一流のゲームのつくり手が救ってくれているからだ。

 超一流? 問屋はどういうゲームを求めるのか、骨の髄まですべてを知ったうえで、1から10のすべてを無視できる。超一流とは、流通の価値観に振り回されないで仕事をできる人々のことである。ゲームビジネスを本当に動かしているのは、1から10を無視して生きる人たちだ。

(つづく)
株主優待