Hisakazu Hirabayashi * Official Blog赤ふぁぼをまとめました

赤ふぁぼをまとめました

先週末、「修羅場をくぐった経営者から教わったこと」というエントリー、大変な反響がありました。

GameBusiness.jpのエキスパートブログでは、600人以上の方にツイートされ、80人以上の方に「いいね!」と言われ、1200人以上の方が、はてなブックマークに登録してくださいました。

ブログでも、Twitterでも、本でも、テレビ番組でも「情報」は人気がある、売れる。だけれども、「考え方」はあまり人気者になれない。それが市場原理だと思っていました。ですが、「考え方」を喜んで読んでくれた人が多かったことがうれしかった。私は「情報」も書きますが、「考え方」を書くのが好きな人だからです。

これだけ多くの人に読まれると、続編をやってくれ! というリクエストをいただくことになります。ですが、そんなに特定の人物の語録を続けて書くことはできません。そこで考えました。新しいブログ読者、Twitterのフォロワーの方がいらっしゃると思うので、不肖、私の人気のあったツイートを再掲して、今日のブログにさせていただきます。

人気のあった‥‥RTされた数よりも、私が集計しやすいのは、Favの数。ふぁぼったーで赤字、5fav以上(通称・赤ふぁぼ)のものをいくつかピックアップいたしました。前後の脈絡のないツイートの集合体になりますが、ご覧ください。




クリエイティブな部署には管理能力が欠け、管理部門にはクリエイティブな感性が欠ける。日本企業と社員の「分化された文化」の特徴だと思うのです。

ところで、プラットフォームの原義はロシア語のPratforma(プラットフォルマ)=ソ連共産党の基本要綱のこともそう呼ぶ、という説があって、私はそのほうが「駅のホームみたいだから」という説よりも好きです。

喜怒哀楽って言いますね。「楽」(たのしい)の経験は、今の日本では手に入りやすい。ゲームソフトを買ってもいいし、カラオケに行ってもいい。「楽」はお金で買えるし、量も豊富にある。でも「喜」(よろこび)って、お金で買えないし、どこかに転がっているものでもない。

私はいわゆる会社勤めを6年間やった。その後もいろいろな会社員の方たちとつき合ってきた。会社で働くということに「不満」はつきもの、かと思う。逆にフリーランサーや会社経営者は「不満」は減るが、「不安」は増える。働くって、不満か不安か、どちらかとつき合うことなのだろう。

パソコンゲームソフトの黎明期、読者に作品の評価を伝えなくてはいけない。でも、いっぽうでソフトを貶しまくって成長途上の産業をつぶすわけにはいかない。このジレンマの中から生まれたのが、ログイン誌特有のユーモアだったと思うんです。

難しいことを難しく考えるのは、じつは簡単で。易しいことを易しく考えるのは、じつに簡単だ。だけど、難しいことを易しく考えるのは難しく、易しいことを難しく掘り下げて考えるのもまた難しい。

昔、某有名企業に行き、会議室に入ったら、大きな字で「やれない理由を考えるより、やり方をかんがえろ」と書かれていて、その通りだと思った。でも会議をしたら、リーダーである部長が私とメンバーに延々と「やれない理由」を説明した。

どんなにミステリー作家が工夫しても、本は厚さがある。残りページが少なくなると「そろそろ犯人が捕まぞ」と思えてしまう。この書籍の重大な欠陥に気づいたのは13歳の時だった。だが、23歳のとき『ポートピア連続殺人事件』をやってみて、残りの厚みがわからないミステリーが生まれると思った。

どなたのPOSTか失念したが、TL上で印象深いツイートが流れた。「東京の夜景は残業でできている」。なるほど、と思った。今日の東京の夜はどうなるのだろう。

『ウィザードリィ』も2年間デバッグしていたと、ロバート・ウッドヘッド氏からうかがったことがあります。デバッグというよりは、売るつもりがなくて仲間内で遊んでいた期間が2年間あまり……というのが真相のようですが。

告白しよう。クリス・アンダーソンも、『FREE』も偉大だが、あまりにも過剰に礼賛する人と出会うと、昭和のインテリの匂い、竹村健一や、大橋巨泉やミッキー安川を連想してしまうんだ。ものごとを説明するときに「アメリカでは~」というセリフが冒頭についた人々。

個人情報なので、お名前をいちいちあげないが、いわゆるゲーム企画をして活躍している人は驚くほど「ひとりっ子」が多い。幼児の頃から、身の回りでゲームデザインをしていたことが、のちの人生で役立ったのであろうことは容易に想像がつく。

当時を知らない方のために、書いておくと、NTTが発足した。これからのソフトは、ダウンロードして書き換えられるようにする。対価は任天堂にかわってNTTが代行徴収する。パッケージ制作や流通コストがかからないため、その料金は500円‥‥と25年前に宣言した企業が任天堂なのだ。

本当は分けるのはよくないと、思ってますが、分けます。いわゆるソーシャルアプリは、モラル(moral: 道徳)の問題が、今、そこにある危機です。ヒットするなら他社のものを真似してもいい、アイテム購入をフラグする、しかも高額‥‥こういうことを続けると市場は一気に冷えると思います。

かたやコンシューマゲームは、モラール(morale: 士気)の問題が、今、そこにある危機です。まさに俯瞰図がない。行き先が見えない。くどいですが、ですから私は「未来を語る」係を業界の隅っこではじめることにしました。

PCエンジンの発表記者会見でした。ハドソンが規格をつくってNECホームエレクトロニクス(当時)が発売。だけど、発表会では任天堂を刺激しないように煮えきらないことしか言わない。オープンプラットフォームのPCなのか、ライセンス契約が必要なのかもわからない。

ええい、面倒くさいと思って挙手をして質問しました。「アダルトソフトはでるんですか?」。「はい」ならばPC、「いいえ」ならば家庭用ゲーム機。わかりやすい境界線だと思いました。自分では深く考えたつもりでも、周囲は大爆笑。あの自分だけ浮いてしまった感じは、今でも忘れません。

オモチャ。ゲームと言い換えてもいいけど、それを発想したり考察したりするには「玩具」(もてあそぶ道具)と、モノから思考するよりも、「手遊」のように、人間の手から考えたほうが良いのではないか。私は玩具を手遊に戻してみたらと考える人です。

ファミコン版に移植した遠藤雅伸さんから伺ったのですが『ウィザードリィ』は、たとえば杖が壊れるとか、灰から復活するとか、偶然性を単なる乱数でプログラムしていないそうなんです。多面体のサイコロを何回振って‥‥という複雑なことをしています。こういうところが神を感じる要素なのでしょう。

「薄っぺらな奥深さならないほうがいい」(堀井雄二)

人間には、戸籍上の年齢、肉体の年齢、精神の年齢、スキルの年齢。4つの年齢があると思う。

ところが(日本のゲーム業界は)この10年は、外を向いているようで内向きだったのではないか。シナジーと言いながら経営統合し、日本市場が厳しければ海外市場という。規模の経済学&輸出による市場開拓。つまり、創発的ではないんだな。

ソニー・コンピュータエンタテインメントが発足した直後にね。ソフトを開発するセクションに0課というのがあった。数字のゼロ。これは何をするところかと言うと、従来型のゲームをつくらない課。部署名からして腹が座っていた。名前を聞いただけでワクワクした。

(ローカルネタですみません)もう、10年くらい前からだけど、東京あらゆる地下鉄が東武動物公園に行ってしまうようで怖かった。渋谷から半蔵門に行くにも東武動物公園行きがあり、恵比寿から六本木に行くにも東武動物公園行きがある。東武動物公園の底知れぬパワーを感じた。

ゲーム業界のことを誤解している他の業界の人を、20年来、見てきたけど、最近は違ってきたと思うんだ。他業種の賢い人は、ゲームの可能性を見出している。業界内の人が思いつかない発想を持っている。その中には誤解が含まれているけど、アバンギャルドな誤解。

富士フィルムの企業業績見てよ。フィルムなんかで儲けていないよ。光学デバイス、医療、高機能性材料、印刷、記録メディアライフ、サイエンス、産業用機材の会社になった。でも、どれもフィルムをつくる技術がベースになっている。

アメリカ生まれの彫刻家、インダストリアル・デザイナー。イサム・ノグチは言った。「シンプルがいい。だが、ピュアはいけない、罪だから」‥‥と担当編集者に言ったらしい。この言葉の真髄がわかっていないけど、たまらなく好きだ。

原初的な遊びも、現代のエンタテインメントの。人が考える以上に、効果音の果たす役割は大きい。ピンを倒しても音のしないボウリングが楽しいか? チンチロリンという遊技はフェルトの上でもできるが、どんぶりにサイコロを投げ入れるのは、音を楽しんでいるからだ。

『アウトラン』なんかが好例だけど、アーケードゲームで100円を入れたときに鳴る高音の電子音。あの音を気持ち良くしようなんて、よくぞ思いついた。お金払っている最中の人に、効果音で快楽を与えるとは。

ゲーム業界人が一番困るのは、「これからのゲームはどうですか?」のような質問。ゲームは宇宙や生命のように深くて大きいから。「これからの宇宙はどうですか?」という質問はありえない。ところがゲームになると、今晩のおかずのように気やすく尋ねる人がいる。

崇高なものと、邪悪なものと、包含してゲームを語ろうとしているときに、「ゲ」と聞いた瞬間に席を立たれるのはつらい。せめて、最後まで話を聞いて、卵をぶつけられるほうが本望だ。

みんなも十分に知っていると思うけど、ゲームは20世紀に生まれた総合芸術だ。将来はファインアートと呼ばれてもおかしくない。でも、いっぽうで負の部分もある。ゲームの魅力は麻薬っぽい。

質問されることの多い人生だから、わかるんだ。(1)自己主張のための質問文、(2)質問文のかたちをした言いがかり、(3)本当に何かを吸収したいと思いが伝わる質問文。

「おせちもいいけどカレーもね」。よくできた広告コピーだな。メーカーの本音は「おせちに飽きたらカレーだよ」なんだろうけど、おせちもいいけど‥‥と敬意を払っている。でも、受け手が脳内で「おせちに飽きた。カレーにしよう」と変換できるようになっているのだ。

文章書きなんて、いくつになっても、何年キャリアを積んでも、職員室に呼ばれた小学校低学年生のよう。褒められるとうれしくて、怒られはしないかとドキドキしている。怒られたら泣き出すかもしれない。どんなに勢いのある、国家を論じるような偉そうなことを書いていても、心は子どもと一緒です。

昔、口コミ。今、ソーシャルメディア。言い方は変わっても、人間は「誰が何を考えているか」を気にする動物であることは、永遠に変わらないのだと思う。

これはもう30回くらいツイートしているけれど、堀井雄二さんは、言葉を翻訳をしたのではなく、概念を理解させるために言葉を創案した人。Freedomをそのまま訳すと「我儘」になってしまうので、「自由」というそれまでになかった語を創作した、福沢諭吉のような存在だ。

よく政治家の発言が違うと、「ブレた」と言う。私はあの論議が愚かしいと思う。言葉はブレていいんだ、根っこがブレない人は表層に出る言葉はかえってブレやすいんだ。逆に言葉だけをブレないようにすると、思考の根っこがブレてしまうことが起きる。

遠藤周作は、「なぜ小説を書くのですか?」と尋ねられたら、「楽苦しい(たのくるしい)から」と答えたらしい。楽苦しい。すごい造語だ。そうだ、楽苦しいんだ。

日本のゲーム市場は世界の中でシェアが下がっている。理由は? という質間をされた。世界市場全国の分母が大きくなったから、と答えた。これ、平凡な答えだけど、意外に語られてない気がして。

『BREAK OUT』の仕様書。たった一枚でどういうものをつくろうとしているのかが、わかる。
BREAKOUT_20110530230053.jpg

「おやすみなさい」はタカラトミー、小林製薬、アサヒビールの登録商標になってますが、「おはようございます」は登録商標が取れないようです。ともあれ、このサイトを見ていると際限なく時が過ぎます。
商標出願・登録情報

『つっぱり大相撲』の記事を書く際に、日本相撲協会に電話をしたことがある。力士絵を誌面に使いたかった。ファミコン雑誌に力士絵、説明は困難だから企画書をつくって送ろうと交渉したが、広報担当者が「企画書」の意味がわからなかった。ああ、この組織はダメだ、と思ったのは24年まえのこと。

拡張現実をゲームに取り入れる、というのは、ちょっとした言語矛盾で、「ゲームが拡張すると現実を取り入れる技法が生まれる」、もう少し強く言うと「ゲームが拡張するためには現実を取り入れざるをえない」というのが最近の考えになってきた。

ゲーム業界って、予兆のヒットってあるんです。うーん、たとえば『スーパードンキーコング』。キャラクターをレンダリングして「すごい!」と思っていたけど、そのうちに画面全体をリアルタイムレンダリングするようになってしまった。今のソーシャルゲームは予兆のヒットかもしれない。

1989年のことだった。Atari Lynxの発表記者会見が行われた。場所は赤羽橋のホテルだったと記憶している。型通りの製品発表が行われ、ソフトも発表され、ニュースリリースが入ったプレスキットが渡された。その中に茶封筒。茶封筒の中味は1万円札だった。

私は机の上に封筒ごと置いて会場をあとにした。ゲーム業界外の方に誤解なきように申し上げたいが、ゲーム機、ゲームソフトの発表記者会見で現金が配られたのは、Atari Lynxのみである。

会見や解説でよく使われる言葉、「ただちに人体に影響を及ぼすものではない」は二重否定は紛らわしくなるので使わないほうがよい、の典型だ。「人体に影響を及ばさない。だだしそれには条件があって……と説明するのがコミュニケーションの常道。

私、20歳代の時に何を身につけたらいいのか。いろいろ考えました。行き着くところは「ああ、この人を成功させたいと周囲に思わせる何か?」にたどり着いたんです。その「何か?」が何だかわからないのですが、それは動物としての人間が社会のために庇護したいという欲求にかかわる気がしています。

良いインタビューワーは、訊く力、聴く力は大事だけど、自分が何者かを示し、相手との関係を瞬時につくる力を持っているものだ。

名は明かさない。著名なゲームクリエイターが(旧)科学技術庁に呼ばれたことがあった。担当技官は『シムシティ』を遊んだことがあるらしく、これは絶好の原子力発電所のメリットを伝えるソフトだ、と思った。ぜひ、日本版『シムシティ』をつくってくれと依頼した。彼はその仕事を断った。

『シムシティ』には原子力発電所をつくるメリットとデメリットまで、きちんとシミュレーションされている。しかもメリットは短期的メリット、長期的に見るとデメリットになる。「道路を建設しても渋滞は解消されない」も、彼が学んだ都市工学(交通論)をシミュレートしていた。

ゲーム業界で生きる以上、つくる人も、書く人も、「私たちは感覚的なもの言語化する商売をする」という自覚を持たなくてはいけないと思うんですよ。

(長男へ)理不尽な世の中では、自分が納得がいかないことをばかりが気にさわる。自分は被害者だと思い込む。だが、実際は自分が加害者で、他人に納得がいかないことを自分で平然と侵している場合もある。誰が悪いと人を攻めるより、自分を責めるより、世の中の理(ことわり)を受容してほしい。

冗談ではありません。人間は人間を尊敬する権利があるのです。これは忘れがちな真理です。そして、ここから先は自分のストイシズムが入り込みますが、自分よりも年齢の若い者を尊敬することは、自分の成長の糧になると思って生きてきました。

「時間」「空間」「人間」。3つの「間」のうちのどれか、または2つが使われた遊びはおもしろい。こんなことをかれこれ1年半前から主張しているのだけど、これはゲーム論ではなく、人間の欲求を説明しているにすぎないんだ。

関係者がいらしたら失礼だけど、大企業には社史編纂室っていう部署がある。第一線の営業でも開発でもなく、左遷された人の部署みたいだけど、今、ゲーム業界・ゲーム会社に必要なのは社史編纂室。前のめりに走ってきて、忘れっぽい業界だから、なおのこと過去をおろそかにしてはいけない。

『テトリス』を出したBPSという会社の社長、ヘンク・B・ロジャースさんは、ハワイ大学出身でテーブルトークRPGのクラブに所属していた。お父様は日本で宝石商をなさっていた。それでつくったゲームが『ブラックオニキス』という話しを新車を運転する感覚で直接聞けたんだ。

Comment

Comment Form
公開設定

Trackback


→ この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
株主優待
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。