Hisakazu Hirabayashi * Official Blog「ゲームソフト流通物語(3)」

「ゲームソフト流通物語(3)」

■在庫の理由

 さらに同情すべきは、玩具流通の業界にはかなり不良在庫がたまりやすい体質を、もとから持っている点だ。商品の選別眼の問題以上に、こちらは深刻かもしれない。

 以下、玩具流通の慣習と在庫を生みやすい業界体質についてである。

 玩具流通は基本的に委託販売なしの買い取り販売をしてきた。たいていの玩具は、ゲームソフトのように商品寿命は短くないし、さらに子どもマーケットは少々在庫を抱えても新世代が流入してくる。男の子が生まれれば、彼は鯉のぼりの新規顧客に、女の子が幼稚園に入園すれば、彼女はままごとセットの新規顧客になるのだ。だから買い取り販売でもなんとかやってこられた。返品がきかない流通。ここに在庫を生む第一の原因がある。

 玩具流通は、現金取引が原則である。手形取引をする場合もあるが、支払いサイトはそう長くはなく〈30日か60日が一般的〉、通常半金は現金で支払われている。もちろん、決済方法はケースバイケースだが、商慣習は問屋にとってわざわいとなった。

 つまり、ゲームソフト発売元にしてみれば、玩具問屋は受注即現金化ができる、おつきあいの相手。そのためゲームソフト発売元は、流通に商品の選別眼がなく、返品がきかないのをいいことに、ユーザーの実需以上の量の商品を押しつけることも、往々にして起きてしまうのだ。

 問屋が引き取りさえすれば、玩具店に売れ残りが出ても、発売元に損害はない。時として発売元は、この慣習に甘えるから在庫を生んでしまうのだった。実際、発売元と問屋の駆け引きは“押しつけた者勝ち”みたいな単純な構造ではないが、発注即現金化が。在庫を生む原因のひとつであることにかわりはない。

 また、当時の玩具業界はおつきあいを重んじる、良く言えば互助的な、悪く言えばもたれ合いの体質がある点があった。

 そもそも玩具という商品は二面性を持っている。鯉のぼりのような定番商品があるいっぽうで、予測がつきにくいリスキーな商品を抱えているのもまた玩具業界なのだ。玩具というのはいったい、どこの発売元が、何を、いつ、ヒットさせてしまうのかわからない。古くは「フラフープ」「ダッコちゃん人形」「アメリカンクラッカー」「ルービックキューブ」……、当の「ファミリーコンピュータ」が代表例だ。だから彼らには、何がヒットしてもいいように、まんべんなく商品を仕入れる体質がいつの間にかしみついていた。

 ヒット商品が出た時、問屋はいきなり売れ筋ばかりを発注するわけにはいかない。
 そのヒット商品を発売する発売元は、取引実績に応じた売れ筋の配分をするからだ。けれども、よくできたもので、日頃のおつきあいのいい問屋には、ヒット商品をまわしてくれる。玩具問屋にとって、浅く広く商品を仕入れることは、リスク分散のひとつなのである。

 また発売元側から見ても、このおつきあいは重要だった。いざとなれば、発売元もこのおつきあいを頼りにできる。泣かず飛ばずの発売元は、他社のヒット商品で潤った問屋の好意に、時には甘えることも許されるからだ。こうして玩具業界は中世の商業ギルドのようにして、助け合って生きてきていた。

 したがって玩具問屋は、ゲームソフトを見て「これは売れないかも」と思う商品でも、「いらないよ」とはなかなか言えない。その商品は大化けしてヒットするかもしれないし、最悪の場合でも、その発売元が将来ヒット商品を出した時、その商品を確保するための保険にはなる、とも考えられるからだ。玩具流通はある面で、律義と好意で成り立っている。だが、こんなことを続けていれば不良在庫がたまらない方が不思議である。

 では、その在庫はどうなるのか。
 玩具流通に身を置く彼らにとって、対応策は2通りしかない。
 
 1.モラルを捨てて抱き合わせ販売をする。
 2.利益を捨ててディスカウント販売をする。
 
 在庫という狼に襲われた問屋という名の赤ずきんちゃんは、何かを捨てないとやっていかれない。

■未完成のソフトの事前注文方式

 さて、ここで触れておかなければいけないのは、ゲームソフトの発売元と問屋の受・発注はどのようにして行われているかについてだ。

 ゲームソフトは、たいていのデパートの地下1階にある食料品売り場の、漬物とは正反対の商品だ。ゲームソフトは、誰も味見をしていないで売り買いがされている。人は100百グラム200円の漬け物を試食して買う場合もあるのに、ゲームソフトは、売る方も買う方も、実物を見もしないで億単位の商売をしてしまう。

 ゲームソフトの受注活動は、発売元の営業マンが、ゲームのセールスシートを持って歩き、またはファクシミリを送って注文を集めることで、おおむね完結している。

 セールスシートといってもそこにはゲームの名称・価格・発売日・ゲームジャンル・ロムカートリッジの容量……それと、ほとんどの場合、どこがおもしろいのかわからないセールスポイントが数項目、箇条書きされている程度のものである。

 このセールスシートは高度なゲームについての解説はない。
 『ドラゴンボール』が球技のゲームではなく、『麻雀学園』が学園モノの教育ソフトではないことがわかる程度の、そんなものでよかった。

 分量でいえば、A4で2・3枚が普通ではないか。
 それにたいていカラーのパンフレットと、雑誌広告とテレビスポットの予定が書かれた宣伝・販促計画書が添えられる。

 詳しい理由はのちに触れるが、極端な場合、こんな新製品案内資料だけでも、問屋は発注量を決められるのだ。この段階で、完成したゲームをじっくりとプレイしてもらい、しかるべき正当な評価をもらい、発注量が吟味に吟味を重ねて検討されるということは、まずないといっていい。

 もちろん、ゲームの試作品が完成した段階で、発売元は流通業者にプレゼンテーションを行う。が、このステップは、どちらかといえば、セレモニーにも近い。繰り返すが、ゲームソフトの流通過程における売買は、A4数枚の書類だけで取引されている、と言っても過言ではない。

 こんな不自然な受注システムが定着したのにはもちろんわけがある。結論を一言で言ってしまえば、ゲームソフト発売元にとってゲームの完成と受注締め切りの時期は、同時になることが最も望ましい。

 ゆえに彼らは、紙(新製品案内資料)で取引をすまそうとするのだ。それにしても、なぜこうもあせらなくてはいけないのか? ゲームソフト発売元が置かれた「状況」と、「心理」にわけて説明してみる。

[状況①]

 普通、ゲームソフト発売元は任天堂にソフトの製造を委託して量産品をつくっている。したがってゲームソフト発売元は、ソフトの開発が終わると、完成プログラム(マスターロムと呼ぶ)を任天堂に持ち込んで製造を委託するという段取りが必要になる。

 ところで問題なのは、任天堂にマスターロムを持ち込む時点で、「何本つくってください」という指示を出さなくてはいけないことだ。この際、任天堂は巨大な指定下請け工場のような機能をしているのだから、ソフト発売元は発注者の立場にある。その発注者がまさか、「適当につくってくれ」と言うわけにはいかない。任天堂は馴染みの寿司屋ではない。生産工場だ。ファミコンソフトの量産・製造は、個数(任天堂にとっての受注本数・ゲームソフト発売元にとっての発注本数)が明らかになってはじめて着手できる。

[心理①]

 ソフト発売元は、任天堂に委託する本数をあてずっぽうで決めるようなことはしたくない。やはり問屋の注文書がそろってから、オーダーする生産個数をはじき出したくなるのが人情だ。そのためには、量産を委託する以前に受注活動をすましておかなくてはいけない。(仮にある発売元が、一次問屋6社と取引があったとする。その6社がすべて1万本発注したら、製造委託本数は六万本と計算する)

[状況②]

 ファミコンソフトはもとからロムカートリッジのモノとしての製造に時間がかかるうえ、ソフトの開発期間も長くなるいっぽうだ。任天堂の量産工程は、早くても3ヶ月、長い場合には6ヶ月近くかかる場合もある。さらにゲームの開発期間も、容量が増えるにつれて年々長くなっていく傾向がある。85年頃までは半年もあればゲームはつくれたが、以降は1年以上の開発期間は当たり前になってきている。

[心理②]

 となればソフト発売元は、開発スタートから資金回収までの期間を、なんとか短縮する方法を考えなくてはいけない。だが、ゲームをつくる時間は、そう簡単に短くできるものではない。そこで、受注数確定の時間を短縮することを目指したい。(幸いにも!)流通問屋はゲームを実際にプレイしても、ゲームの良し悪しをわかっていないようだ。簡単なセールスシートだけでも、受注活動はできる。

 はたして、ほとんどの問屋が、ゲームを実際にプレイして仕入量を決めておらず、紙切れでの注文で不都合はなかった。こうして、発売元も問屋も、実物に触れないままビジネスをする慣習が定着してしまったのである。

 ゲームソフトとは、需要の実体(ユーザーがゲームをしてみて本当にほしいと思う数)と、まったく関係のないところで市場流通量が決められている、かなり特異な商品になってしまった。

 ゲームソフトというと、子どもたちの人気がダイレクトに反映されている商品のようなイメージを持つ人がいるかもしれないが、実態は違う。大人たちの、そしてきわめて供給者に都合のよいやり方で、ソフトの販売個数は決められているのだ。
 
 「とはいっても、ゲームソフトに増産はないのか?」という疑問があるだろう。実際に商品を出してみたら、予想外にユーザーの反応はよく、増産が求められる場合……? これならユーザーの意志は十分に反映されている。もちろんゲームソフトにも、ユーザーの意見を反映した増産ソフトの販売はある。しかし、ゲームソフトの製造には時間がかかる。時間がかかれば市場の好みも変わる。それでなくても新製品は次々出てくる。したがって、増産してまで売ろうと発売元と流通も乗り気になるのは、例外的なロングセラーソフトに限られているのが現状だ。基本的にはファミコンソフトの商売は、一発勝負の世界だ。
 
 したがって、販売現場にいるゲームビジネスマンの頭の中は、いつも次の数式が渦巻いている。


a=b=c=d
・{(d×x)+α}=Z

a=問屋の発注本数
b=発売元の受注本数
c=任天堂への製造委託本数
d=発売元の初回販売本数
x=年間発売本数
α=増産本数
Z=ソフト発売元の年間売上本数



 ゲームソフトの発売本数(d)とは、問屋の発注本数(a)と等しく、さらにゲームソフト発売元の年商にかかわるZは、ユーザーではなく、問屋の発注本数(a)が決めている。

 頭の中にこんな数式が叩き込まれたゲームソフト発売元の営業マンは、勢い問屋の顔色ばかりをうかがう営業マンとなる。

 たとえば私は、こんなゲームソフト発売元の営業マンの話を聞いた。
 一次問屋を訪ねる時、彼は朝よりも昼のアポイントを好む。ビジネスランチを仕入担当者におごれるからだという。そして昼よりも、夕方のアポイントをもっと好む。ランチよりも高価な「おつきあいの場」が持てるからだという。

 逆に「午後2時か3時に来てください」という仕入担当者の申し出を、彼は最も嫌った。

 私は「どうして?」と尋ねると、「それはね、ウチに借りをつくりたくない。つまり、今度の商品をあまり仕入たくないというサインだからですよ」と、真顔で答えてくれた。

 このような受・発注のシステムが慣例化した原因に、ファミコンソフト特有の製造委託方式が起因しているのは明白だ。

 そもそも製造委託方式は、発売よりも早い時期に行われること、また委託時に〈ほとんどの場合〉全額現金で任天堂に支払わないをしなくてはいけないことから、ソフト発売元の資金繰りを苦しくさせる性格を持っている。

 ソフト発売元はなんとか資金回収を早めたくて、この受注システムを考えた。
 未完成の段階の、事前注文で、どうにかこうにか資金回収の時間を稼いでいるのである。ゲームソフト発売元は、ある意味で製造委託方式にしばられている。けれども、この歪んだ受・発注のシステムを、「任天堂のせい」と指摘するソフト発売元の社員は少ない。

 それどころか多くのゲームビジネスマンたちは、経営者から新入社員までこのシステムに飲み込まれて身を落とす。

 なぜなら、ゲームソフト発売元の社員にとって、この受・発注のシステムは、存外、居心地が悪くないからだ。もし、子どもたちの人気がダイレクトに反映される流通機構ができようものなら、売上を半減させる発売元が続出することになるだろう。

 多くのゲームソフト発売元にとって、流通のシビアな商品選択眼などは、望むところではないのである。玩具業界の商業ギルドのぬるま湯は、一度浸かったらなかなか出られないものらしい。彼らは、あまり過激にこの商慣習を呪ったりはしない。
 
 彼らは、任天堂批判や流通機構の根本的な問題に着手することなく毎日を過ごす。
 そしてまたいつものように、問屋に新製品案内資料を次から次へと送り続けるのだ。
 
 玩具流通が、抱き合わせ販売とディスカウント販売で在庫を掃いているそばから、在庫の予備軍とも言うべき新製品案内資料が、彼らのもとに届く。なんだか、浸水したボートの水をバケツでかき出す、サイレント時代のコメディ映画を連想させるありさまではないか。

 ゲームソフトの流通業界は、任天堂の製造委託方式と、ソフト発売元のエゴの板ばさみになっている。
 だから私は、彼ら=ゲームソフト流通問屋に同情を! と言っている。

(つづく)

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