Hisakazu Hirabayashi * Official Blog立川談志、談。「いま、考えればどうってことなかったんだ」

立川談志、談。「いま、考えればどうってことなかったんだ」

立川談志師匠が亡くなった。
私にとっては好きな落語家の域を越えて、尊敬する人だった。

1991年に独立して、講演の仕事をするようになって、人前でどうやったらうまく話せるようになるのか? 試行錯誤したけど、行きついた先は、立川談志の落語だった。

CDを買って、家でもクルマの中でも、立川談志師匠の声を耳に入れておけば、自然と話すリズムが身につくのではないか? と、考えた。英会話の学習教材のようだった。

生き方も格好が良かった。
参議院議員になったり、落語協会を脱退したり、落語家の枠をはみ出た人だったけど、印象深いのは訴訟にまでなった、高座を中断した話。

「寝ている客がいるねえ、今日は」と客を起こそうとしたが、起きない。そののち「やってられないよ」と楽屋に戻ってしまった。

話しをしていて、寝ている人がいる人がいると、内心おどおどしてテンション下がっていく(←この言葉はじめて使った)、私とは大違い。

賛否はあろうけど、プロとしての誇りを感じた。

90年代中頃、立川談志の独演会を聴きに行ったことがある。
話の枕が「マルチメディア」だった。

「近頃は、マルチメディア、マルチメディアって騒いでいるけど、ありゃなんだよ。便利になんの? 便利になったところで、もう十分便利だよ。世の中、これ以上、便利になってどうする(キリッ)」。

このセリフ、今でも頭に残っている。


ある若者が立川談志一門に入りたいと訪ねる。
すると、立川談志師匠はこう言ったそうだ。

「落語家は、利口はなれない、馬鹿でもなれない。中途半端は、なおなれない」

とね。
こんな哲学的な問答について来られない若者は入門させない。
いや、想像するに顔も見たくなかったんだろうね。

このセリフも身にしみる。
落語家の部分を別の職業名にしても当てはまる。

2000年代になって、今でもだけど、i-Podに入れて何度も何度も聴いていたのが、コレ。



出だしでいきなりオチを言うところが凄いんだけど、途中に出てくるセリフがまた胸にガツンとくるんだ。


tdanshi.jpg

我が事に当てはめると、この雑誌に書きたいとか、書きたくないとか、いま、考えればどうってことなかったんだ。この講演をしたいとか、したくないとか、いま、考えればどうってことなかったんだ。

特にやりたかった仕事ができなかったとき。
自分の連載が中止になったとき。
企画が通らなかったとき。

何か釈然としないことがあったときは、このセリフをいつも思い出すようにしている。不思議と心のざわめきが収まる。

立川談志師匠には「ずっと生きていたいとか、生きたくないとか、天国から眺めてみりゃ、どうってことなかったんだ」と言ってほしい。

合掌。




アイコン
posted by Hisakazu Hirabayashi

Twitterはコチラ。Facebookはコチラ。メールフォームはコチラです

Comment

Comment Form
公開設定

Trackback


→ この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
株主優待
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。