Hisakazu Hirabayashi * Official Blog2012年3月11日の暴論

2012年3月11日の暴論

木曜日の夜から高熱が出て、金曜日のアポは全部キャンセル。
病院でもらった薬が眠くなる薬で、日頃の睡眠不足のせいもあって、食べては眠り、食べては眠りの日を過ごしていました。

夕食後に飲んだ薬のせいでまた眠り、さすがに眠りすぎたせいか、今、目が覚めました。
3月11日。
風邪をひいたことが幸か不幸か。
テレビを観ていません。インターネットのニュースサイトも、TwitterもFacebookも見ていません。

他の人は何を言っているか、まったく知らないわけですが、被災で命を奪われた皆さまのご冥福と、被災地の皆さまのご健勝を心よりお祈り申し上げます‥‥の文言が飛び交っているのではないかと想像します。

話は飛びます。
私は震災がやってくるまえに、日本は戦争で負ければいいのにと思っていた、トンデモナイ野郎です。

それは私の歴史観と関係があります。
世界史の話、します。
世界史。学校の成績は良くなかったけど、本を読むのは好きだった。
歴史、特に近代史以降の、大枠をつかむと、こういうサイクルを描いています。


3_2.jpg


(1)戦争の時代
(2)政治の時代
(3)経済の時代
 ↓
(1)再び戦争の時代


今の日本は経済の時代が長く続きすぎた。
ちなみに経済の時代は老人が活躍する時代です。
33歳で死んだ坂本龍馬に代表されるように、戦争の時代と政治の時代は、若者が活躍する時代です。

物騒なことを言います。
吉田茂以降の内閣総理大臣を、仮に暗殺したとしても日本は良くならないでしょう。
経済の時代に政治家を殺しても、殺さないで民主的に首相が変わっても、世の中に変化は起きないのです。

というわけで、私は日本にリセットをかけるとしたら、戦争が起きるしかない。
戦争が起きなければ、時が自然とこの国を滅ぼす、と考える亡国論者でした。

2011年3月11日。震災が起きました。
不謹慎、きわまりないことを書きます。
さすがに痛ましい思いにかられたし、友人の両親の安否は気になりましたよ。
でも、心のどこかで「うれしい」という感情があったのです。
これは包み隠さぬ、事実です。
日本はこれで敗戦国になれた、と思ったからです。

作家・小松左京は東京オリンピックが開催された1964年から『日本沈没』を執筆しています。完成するまでの9年間のうちに、1970年の日本万国博覧会も行われていました。高度経済成長を謳歌する日本人に、「もし、国を失ったらどうなるか? と問いたかった。だが、どこかの国との戦争は書きたくないので物理学を学び『沈没』することにした」とインタビューに答えています。

小松左京が描いたフィクションが、ノンフィクションになったと思ったのです。
今から1年前。

ところがどうでしょう?
日本にリセットはかかりませんでした。
復興財源を名目に消費税増税の論議が行わています。
馬鹿です。

もし、私が震災が起きた時の内閣総理大臣ならば、G7でもG8でもG20でもいい。
緊急経済会合を日本で開催することを呼びかけます。
日本国債を大量に発行し無利子で引き受けてもらうのです。
ついでに個人の比ではない額になるであろう、義援金を要請します。

それともうひとつ、当初、東北地方太平洋沖地震と呼んでいた出来事を、東日本大震災などと「地名」を変更するのではなく、「日本大震災」と名づけ、この国の全員が我がことと名づけてほしかった。

昨年の3月11日以降、私の文章と話し言葉は、少し変わりました。
津波のように。
地震雷火事親父。
災害が出てくる比喩を一切使わなくなりました。

もうひとつ。
夏以降からですが、実態がわかってくるにつれて被災地という十把一絡にした言い方を止めました。

被災された方々。
悲惨なのは場ではなく個だと思うようになったからです。

場で言うならば「日本」。
日本は被災国というならば、それはそれで納得がいきます。

「被災で命を奪われた皆さまのご冥福と、被災地の皆さまのご健勝を心よりお祈り申し上げます」

新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。
‥‥と同等の決まり文句にしてはいけない。

お身内に被災者の方がいらして、本当に「心より」ならば重く受け止めます。
ですが、今日、決まり文句を言うのは、自分が偽善者だと告白しているようなもの。
恥ずかしいことです。

“戦争は終った。特攻隊の勇士はすでに闇屋となり、未亡人はすでに新たな面影によって胸をふくらませているではないか。人間は変りはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない”

“戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。人間は可憐であり脆弱(ぜいじゃく)であり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる”

“堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である”

坂口安吾『堕落論』より。

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