Hisakazu Hirabayashi * Official Blog混沌のなかで揺らぎなきもの

混沌のなかで揺らぎなきもの

そのカオス-混沌のなかにあって、揺るぎなきものが3つあります。

.無であれ無秩序であれ、その中で働く者は苦しいのです。睡眠時間が短いことよりも、給料が安いことよりも、自分の仕事――ゲームなるものの定義が揺らいで揺らいで揺らぎまくっていることは、何よりも辛く、それは感受性が高く、洞察力が深き者ほど辛く、ゆえにストレス過多となり、この私が何度となく、「鬱のうえに成り立つ産業」と言わざるをえない状況となってしまったのです。ゲーム会社の経営者の皆さん、どうか、こうして苦しみながら働く人々を、救うために、何かをしていただきたい。なんのことはない。多様な価値観があるなかで、「我が社が考えるゲームとは何か」「だからこうする」と、定義と指針をお示しいただきたいのです。


.出展社数は209の企業・団体、出展タイトルは過去最多を記録した昨年の702タイトルを大きく上回る793タイトルだそうです。それだけ数あるタイトルが発表された中で、技術力、コンセプトの斬新さ、プレイ感覚、ネットワークを介した際に起きるであろう、衝撃的な広がり。これらの点を総合すると『リトルビッグプラネット』というタイトルが圧倒的にすぐれていました。北京オリンピック、陸上男子100メートルで優勝したジャマイカのウサイン・ボルトのよう。段違い、格違いのナンバーワンソフトなのです。玄人ウケするソフトだから……かえってプロ好みという、よくあるパターンではありません。客観的評価です。物理シミュレーションしたパーツを自由に配置し、ネットワークでつなげるとは、なんとも凄い発想と技術力です。ほぼ毎年、ヒット作をつくり続ける、某有名ゲームディレクターをして、「遊んでみて、どうやってつくっているのかがわからない、唯一のソフト」と言わしめました。あの宮本茂さんは、「将来、どんなゲームつくりたいですか?」と私が尋ねれば、決まってこう答えたものです。「究極の飽きない遊びは粘土」「自由な砂場をつくりたい」……。そして、任天堂・岩田聡社長も、前職のHAL研究所開発部長時代、ずっと創作ゲームの構想を練っていらっしゃいました。お立場、比喩表現、最終的なアウトプットは違えども、「創造」こそが、人類最高の遊びという考えを、多くのクリエイターが夢として抱いてきました。それを、見事にカタチにしたのは、素晴らしいことであります。残念ながら私は、日本ゲーム大賞の審査員ではありませんが、勝手にアワードを差し上げたいのです。Media Moleculeの皆様に、この10年間のベストゲームという賞を、栄誉を最大の経緯を込めて。

The best Video Game of this decade.
I give this honor to all the members of the development staff.







.カオス-混沌などと言っておりますが、それは状況であり本質にあらず。ゲームは手段であり目的にあらずです。つまるところ、状況の混乱や手段の多様化に惑わされないで、物事の本質を見るべきなのです。最後にまるで、大学の講義のようですみません。私の知恵ではなく、先達の知恵をお借りして、人間と遊びの関係なるものを例示させていただきます。

まずは、ヨハン・ホイジンガ(Johan Huizinga)

「遊ぶ」という一見まじめに見られる行為が、考えられているよりまじめな機能を果たしていて、人間文化の本質と密接に関わりあっている、という問題提起をした。文化は単に物質的必要だけで出来るものではなく、功利的関心よりは美的憧れによって文化形式は生み出される、という考えが根底にある。「遊び」は文化の本質であるといっている。有名な言葉で“文化ははじめ遊ばれた”。また、人間は元来が遊ぶ生き物である、と主張。ホモサピエンスに掛けて、Homo Ludens(ホモ・ルーデンス)という造語を生んだ。

ホモ・ルーデンス (中公文庫)ホモ・ルーデンス (中公文庫)
(1973/08)
ホイジンガ高橋 英夫

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つづいて、M.J.エリス(Michael J. Ellis)

氏は「覚醒―追求としての遊び」を主張している。『遊びとは、覚醒水準を最適状態に向けて高めようとする欲求によって動機づけられている行動である』。人間は、かろうじて覚醒している状態から極度の興奮までさまざまな段階がある。この、それぞれの段階を覚醒水準(arousal level)と呼ぶ。この覚醒水準において、個人は個人にとって居心地の良い、収まりの良い最適な覚醒水準を持っていると前提する。この最適な覚醒水準をもたらしうる、もたらしそうな刺激は、個人にとって「面白さ」を感じることができる、という。したがってその場合は、刺激を求める場合と、刺激を避ける場合がある。個人が最適覚醒以下の水準にあるときは、刺激を求める、個人が最適覚醒以上の水準にあるときは、刺激を避ける、ことになる。この最適な覚醒水準を求めようとする行為自体が、まさに遊びであるという。簡単にいうと、都会にいる者は日常の刺激が強いので週末は地方の温泉地に行き、その地方に住んでいる者は、温泉地は退屈なので、週末は都会に遊びに来る――という人間の営みを学術的に述べるとこうなる。

人間はなぜ遊ぶか―遊びの総合理論 (心理学選書)人間はなぜ遊ぶか―遊びの総合理論 (心理学選書)
(2000/05)
M.J. エリス

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人間は遊ぶ生き物である。
遊びとは覚醒水準の最適化である。

この本質は、どんなに混沌としていても揺らがないことを最後に確認しておきたいと思います。



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Comment

深呼吸
今年のTGSからは、立ち止まって一息ついているような、
これまでの慣性で動いているような印象を受けました。

市場動向に翻弄された「やり込みユーザorライトユーザ向け」という二極化の後で、
確信をもって面白いと言える、新しいものが見つけられなくなってしまった。
そんな感覚です。

そしてその束の間にとうとう、"リトルビッグプラネット"という金字塔が
日本(+北米)のゲームを追い越したのかな、と個人的には思っています。

Media Molecule 調べてみました。
すごいですね。30人で作ったとは、信じられません。

何だか逆説的になってしまいますが、
平林さんの、このソフトを「体を張って」評価してくださる意気込み、
大変嬉しく、心強く思います。

まずは、気付くことだと考えているからです。
そして深呼吸を終えたら、走り出さなければいけません。
  • 2008/10/16 02:16
  • two-1
  • URL
ありがとうございます
two-1さん、コメントありがとうございます。

こんな記事で深呼吸し、お仕事のお役に立てたら、うれしいです。

Media Molecule。
すごい。
まじで。
30人ですよ。
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