Hisakazu Hirabayashi * Official Blog書き終わったあとに「なんちゃって」

書き終わったあとに「なんちゃって」

  • Day:2009.01.13 00:00
  • Cat:言葉
学生時代に広告コピーの勉強をしていた時期がありました。

とてもタメになった学習のひとつに、書き終わったあとに「『なんちゃって』とつけてごらんなさい」というのがありました。
それで、ぴったりとはまってしまったら駄文。
「なんちゃって」とは何事だ、と逆に憤るくらいだったら名文。
……と教わりました。

その時の例題に使われたのがN社のSという車種で。
クルマは、愛だ。
というコピーでした。

このコピーの書き手、あるいは発信者たる人はこう思考のシミュレーションをするわけです。

「クルマは、愛だ。なんちゃって」。
そうなんです。正直言うとね、クルマは移動手段、ただの消費財、愛にはまったく関係ない。でもね、なんか気の効いたことを言わないといけないから、「愛」って言ってみたんだ……と思ってしまったら「クルマは愛だ」は駄文です。

「クルマは、愛だ。なんちゃって」。
なんと無礼な!
クルマ、クルマこそ愛ではないか。
愛なくしてクルマは語れない。
この、俺たちが愛を注いだクルマにぜひ乗ってほしい。
「なんちゃって」とは何事だ、許せん! と思えたら「クルマは愛だ」は名文だというのです。

この勉強はタメになりましたね。
文の最後に「なんちゃって」をつけて見直す、文章道のテクニック。
それと例題が“愛”だったので、“愛”という言葉を書くときに慎重にならなくてはいけない心構え。

じつは、このエントリーでも、意識して書いていますし、書いたことによって、また意識は高まったのですが、“愛”という言葉は、本当に使うのが難しいです。

同様に“愛”が出てくる有名なコピーに、
愛は地球を救う
というのがありますね。

この文章の場合、おっしゃることは、もっともなんだけど、「なんちゃって」をつけて見直すと、やはりその「なんちゃって」が、はまってしまいます。なぜか、気恥ずかしいんです。これは、日本的美徳だと思うのですが、おこがましいのです。漢字で書くと烏滸がましい。大げさなのです。漢字で書くと大袈裟。

というわけなので、「愛がないと地球は救えない」と、物書きとしては二重否定は避けよ、の禁を破ることになりますが、すると名文とは言えないものの、おこがましさは薄れ、物事の本質が少しは浮かび上がってくるのではないでしょうか? 「愛がないと地球は救えない」……。

ところが、「愛がないと地球は救えない」の地球が、これまたおこがましいので、もっと身近なものにしてもいいです。地球ではなくて……家族、組織、お客様、地域、友人、自然、部下、上司……人、それぞれになにかピタリとはまる言葉があろうかと思います。愛で何かを救ってください。

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