Hisakazu Hirabayashi * Official Blogメディアとライブ、欲望の逆転現象

メディアとライブ、欲望の逆転現象

まずは、メディアのとりとめもない話をします。

ゲーム・プロデューサーの水口哲也氏とインターネットラジオのトーク番組『東京ゲームラウンジ』をやっていたころ、よくメディアと欲望の話をしました。

世の中には、メディアになりえる技術はいっぱいあります。
先週のエントリーでも触れた、自称・ニューメディアたち。
「テレテキスト」「ビデオテックス」「キャプテンシステム」は、そういう技術があっても、ああ、使ってみたいという欲望をくすぐることはありませんでした。ゆえに、普及せずにメディアになれませんでした。

もっと、身近な例でいえば、携帯電話にテレビ電話の機能がついて久しいわけですが、普及しませんよね。そのかわりに、メールをビジュアル加工するデコメや絵文字は、「文字以上のメッセージを込めたい!」とか、「短い文章ですませたい!」とか、そういう欲望をくすぐっていて、たぶん製品開発者の想定以上に、メディア化して発達しているといえるでしょう。

欲望がメディアをつくる。
……が本当に原則だとすれば、演奏会場でしか聞けない音楽だったのだけれど、家で聴きたいという欲望がラジオというメディアを生み、さらに、それをいつでも聴きたい欲望が、レコード、カセットテープ、CDを生んだ、と解釈できるわけです。

ところが、マイケル・ジャクソンにしても、プリンスにしても、逆行しているわけです。

ミュージシャンの楽曲は、CDを買えば満足できるものではなくなって、欲望を満たしてくれない。
むしろ、昔に戻ってコンサートに行くことのほうが、ユーザーの欲望にマッチしている……ということを示しています。

これはミュージシャンの欲望にもかないます。
中間に音楽出版社が入るよりも、コンサートのほうが儲かります。
そしてスタジオでの録音よりもライブのほうが、アーティストとして喜びを感じることができます。

今まで、メディア産業はライブでしか、観る・聴くことができなかったものを、大量に複製することによって発達してきました。この黄金律が、万能ではなくなってきています。


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