Hisakazu Hirabayashi * Official Blog上から目線について考えた

上から目線について考えた

  • Day:2009.05.25 18:38
  • Cat:言葉
上から目線。
いつの間にか、市民権を得てしまった感がある言葉だ。
こんなにたくさんの上から目線に関わる情報が飛びかっている。

理由はどうしてだろう?
昔よりも今のほうが、上から目線でものを言う人や場面が増えているので、それを糾弾する意味で、使われることが多くなったのだろうか?

逆もあるだろうか?
上から目線でものを言う人や場面の絶対数は、昔も今もあまり変わらないのだが、上から目線に過敏に反応し、それを嫌がる人が増えたということだろうか?

メディア環境の変化はどうだろう?
ブログや掲示板など、インターネットというメディアと上から目線も関係あるのだろうか?

もっと、普遍的なことに起因しているのだろうか?
聖徳太子が制定したとされる、十七条憲法の第一条は「和を以(もっ)て貴(とうと)しと為(す)」だ。
それくらいに「和」を重んじる国民性なので、現代の日本人も上からを気にするのだろうか?

いやいや、そう大げさに考えるものではない。
本来ならば、「人を見下したような言い方」という表現方法があり、上から目線というのは、社会的な風潮の問題ではなく、単なる流行語なのかもしれない。

考えようによっては、「あなたは『上から目線だ』」と言っている人は、「あなたは『人を見下したような言い方』をする」を、遠回しに表現しているとも言える。

ということは、「上から目線だ」と糾弾している人は、じつは上から目線の人への気配りが、そこには込められているのかもしれない。「見下す」という言い方ではきつすぎる、という配慮から。

いや、待て。
なんたって上から目線の人なので、その人はきっと恐いから、「あなたは『人を見下したような言い方』をする」とは言えないから、上から目線に言い換えをしているのかもしれない。

今日は上から目線というヘンな日本語について、ずいぶんと考えたが、思考が堂々めぐりするばかりで結論がない。

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