Hisakazu Hirabayashi * Official Blog私にとっての父の日

私にとっての父の日

  • Day:2009.06.21 14:24
  • Cat:私…
父の日だ。
母の日よりも父の日は、地味だ。

カーネーションの花、といった美しいシンボルがないから。

これは、わかりやすい理由なのだろうが、私の心の中では、「父」と「日」が結びつかない。

父への感謝の念が、私の心の中で自然に持てるようになったのは、父がこの世からいなくなったあと、5年くらい過ぎてからだった。

ちなみに私の父は、私が23歳の時に他界している。

それまでの父は、怖い存在であり、私の価値観と衝突する存在であり、だか、ある時は、目標となる強烈で偉大な存在でもあった。

また、父の存在は、私の劣等感と優越感を構成する源でもあった。そういう、複雑で重い関係だった。

「いつも家事をしてくれてありがとう」……ハイ、お礼にカーネーション……と母には渡しやすい。

でも、父には、仮に現在、存命していたとしても、プレゼントを渡しがたいものがある。

つまり、これはあくまでも私個人の環境から生まれた感覚なのだが、母は日々の連続性のなかで私を育ててくれた。そんな意識が強い。なので「母」と「感謝」と「日」を結びつけやすい。自然な感じがする。

かたや、父は私の一生に影響を与え、死してなお、私に答なき問いを投げかけている。

そのせいなのか、「父」は「日」を単位にした感謝と結びつかないのだ。
「父」とは生涯、向かい合っていなくてはいけない存在、という意識がある。

私にとって父の日はなく、また逆に毎日が父の日ともいえる。


以下、自分へのつぶやき。
父は絶対的。
母は相対的、ということにしておくと、話の整理はつけやすいのだが、母は絶対的でもある。
難しい。

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