Hisakazu Hirabayashi * Official Blog偶然並んだ「御礼」のメール

偶然並んだ「御礼」のメール

  • Day:2009.07.03 00:27
  • Cat:働く
昨日のエントリーのような失敬な御仁もいるが、そうでない方もいる。

今の私は、年齢を重ねるとともに怠惰になってしまったが、20代の頃は、血気盛んな特攻取材型の編集記者だった(つもり)。

こう言ってはなんだが、企業ニュースリリース文を集めていれば、雑誌っぽいものはできてしまう。
そして、編集者っぽい仕事もやったことになってしまう。

だけど、企業から配信された新製品ニュースでも、なぜそうなのか? どうして存在するのか? を考察したり、専門家の意見を取材したりすると、濃い記事が書ける。別の言い方をすると、さもないと他誌と差がつかないし、雑誌をつくって働いている意味がない。

たとえば、昔、任天堂が、ファミコン3Dシステムという周辺機器を発売したことがあった。このような製品である。なぜ、立体的に見えるかというと、左右の立体視差が……といった内容が発表されている。

だが、それは医学的にどういうことなのか?
もっと具体的に知りたくて、専門医の先生にインタビューをしたことがあった。

その時に取材に応じてくださったのが、この方、鴨下一郎先生である。当時は医者の先生だったが、のちに日本新党から立候補して政治家となり、今は自由民主党に所属する別の先生になられた。

脇道にそれた昔話はさておき。

最近、ガッツのある編集記者の方の取材をお受けして、自分の若い頃を思い出し「初心に帰らねば」と反省させられたことがあった。

その編集記者の方は、良い意味でしつこい。
まずはお会いして、インタビューを受けた。
次にメールで質問され、新情報が入ったら教えてほしいと依頼された。
さらに、「その新情報はどうでしたか?」と電話もかかってきた。

その電話で新情報のお話をすると、また興味を持たれた。
で、追い打ちをかけるように、「今からまた取材してもいいですか? どこにでも行きます」と勢いよく再取材のお申し込みを、受けることになった。

私はその心意気に気持ちを動かされ、またお会いすることに。
彼は私と会うなり苦笑して、こう言った。

「『今から取材に行ってきます』と社で言ったら、皆に『今から?』と言われました」。
締め切りは間近で、普通ならば取材する時間帯ではない。

にもかかわらず、新情報に貪欲で、タクシーに乗って駆けつけ、再取材ははじまったのであった。

取材も終えて、なんとか記事も入稿。
この取材のやり取りだけでも、エキサイティングだったが、感銘を受けたのはその後だった。

後日、メールが届いた。
「御礼」というタイトルだった。

短期間ではあったが、中身の濃い取材についての御礼を尽くしてくださったあとに、当方に取材協力費の請求を依頼する旨が書かれていた。

「請求書発行のお願い」ではなく、「御礼」と書かれていたことが、感銘の正体である。
この場面でなかなか「御礼」とは書けない。

私は、偉そうにもよくこんな説教を若者たちに垂れている。
働いてもらったら、払え。
払うものは、ふたつある。
お金と敬意だ。
お金がなければ敬意を払え。
お金があっても敬意を払え。


「御礼」と敬意を払ってくださり、謝金も払ってくださるという、その姿勢がまた立派で有り難い、と思った。根に持っているようだが、昨日のエントリーに登場する、無礼研修会社さんとは大違いである。

何を隠そう、無礼研修会社さんは、最後は無礼な依頼をするくせにメールの表題は「御礼」だった。
なんたる偶然!

ゆえにブログに無性に書きたくなったのだが、無礼研修会社さんのメールと、熱血編集記者さんのメールが、ほぼ同時刻に送信され、私のメールソフトの受信トレイで、2通が縦に並んだのである。表題はともに「御礼」。

あまりにも好対照で教訓に満ちていた。
現代ビジネス版のイソップ寓話のようだった。

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