Hisakazu Hirabayashi * Official Blogああ、やはり太宰治は私の成分だったのだ

ああ、やはり太宰治は私の成分だったのだ

太宰治ランキングに入った!
昨日ご紹介した、blogramの結果だ。
6月にはアメリカでE3(Electronic Entertainment Expo)があり、大手ゲーム会社の発表が立て続けにあったので、ゲーム・IT分野のランクが高いのはわかるが、太宰治は意外だった。意外だったが、当たりである。

極論を言うと、もし、私が太宰治の書物に出会わなかったとしたら、今の自分はないだろう。

中学時代にこの作家を知り、「本をたまに読む少年」は「文学少年」に変化した。
文章を書くことや、言葉に対する執着心が一気に高まって、漠然とであったが、ものを書く仕事につきたいと思うようになり、出版社で働くようになった。紆余曲折あっても、昔も今も、私は文章を書く仕事をしている。

確かに太宰治は、私の成分かもしれない。
太宰治を読みはじめたころ、鮮烈なインパクトがあったのは、やはり『人間失格』だった。

あなたは、なぜ「自分に似た人」を探すのか。

あなたは、なぜ「自分に似た人」を探すのか――崩壊する「大衆」と台頭する「鏡衆」 (講談社プラスアルファ新書)あなたは、なぜ「自分に似た人」を探すのか――崩壊する「大衆」と台頭する「鏡衆」 (講談社プラスアルファ新書)





という書籍のタイトルではないが、『人間失格』の主人公の随所に、自分に似たところを見た。
たとえば、

自分は、空腹という事を知りませんでした。いや、それは、自分が衣食住に困らない家に育ったという意味ではなく、そんな馬鹿な意味ではなく、自分には「空腹」という感覚はどんなものだか、さっぱりわからなかったのです。へんな言いかたですが、おなかが空いていても、自分でそれに気がつかないのです。小学校、中学校、自分が学校から帰って来ると、周囲の人たちが、それ、おなかが空いたろう、自分たちにも覚えがある、学校から帰って来た時の空腹は全くひどい からな、甘納豆はどう? カステラも、パンもあるよ、などと言って騒ぎますので、自分は持ち前のおべっか精神を発揮して、おなかが空いた、と呟いて、甘納 豆を十粒ばかり口にほうり込むのですが、空腹感とは、どんなものだか、ちっともわかっていやしなかったのです。


私は神奈川県のはずれの小さな旅館の息子だ。学校から帰宅すると、調理場では夕食をつくっている時間帯で、その日に入荷した珍しい食べ物を、おやつ替わりに、よく食べさせられた。このわた(ナマコのはらわたの塩辛)や、当時は珍しかったエシャロットの味を小学生の頃に覚えた。贅沢品だが、けっして美味ではなかった。だが、「いらない」と言えない少年だった。

そんな私にとって、上のような文章に出会うと、まるで自分のことが書かれているようで、ドキッとし、この主人公はその後、どうなっているのか夢中になって読み進めていった記憶がある。

そして、主人公が友人とこんな会話をするシーンは、今の私の言語感覚に並々ならぬ影響を与えているのではないかと思う。

自分たちはその時、喜劇名詞、悲劇名詞の当てっこをはじめました。これは、自分の発明した遊戯で、名詞には、すべて男性名詞、女性名詞、中性名詞などの別があるけれども、それと同時に、喜劇名詞、悲劇名詞の区別があって然るべきだ、たとえば、汽船と汽車はいずれも悲劇名詞で、市電とバスは、いずれも喜劇名詞、なぜそうなのか、それのわからぬ者は芸術を談ずるに足らん、喜劇に一個でも悲劇名詞をさしはさんでいる劇作家は、既にそれだけで落第、悲劇の場合もまた然り、といったようなわけなのでした。

「いいかい? 煙草は?」
 と自分が問います。
「トラ。(悲劇(トラジディ)の略)」
 と堀木が言下に答えます。
「薬は?」
「粉薬かい? 丸薬かい?」
「注射」
「トラ」
「そうかな? ホルモン注射もあるしねえ」
「いや、断然トラだ。針が第一、お前、立派なトラじゃないか」


日本の文法にありもしないのに、喜劇名詞と悲劇名詞に分類する。そして、それを遊戯化させてしまうところも、「自分に似た人」を感じた。こんな高級ではないが、言葉遊びは好きだった。

ちなみに、太宰治は「麻疹(はしか)のようなもの。一度はかかる病で、歳を重ねると治る」などとよく言われていた。実際にその通りで、私の太宰治病は高校1年生のときに、パタッと治まることになる。ただし、歳を重ねた自然治癒ではなく、前述の旅館とは違う、父の会社が倒産して、我が家の生活環境は急変した。すると、津軽の名家の息子は「自分に似た人」ではなくなり、急速に太宰治熱は下がっていったのである。

Comment

太宰治、素晴らしいです。
時代を置いて読み返してみると、その時々に違った共感のとっかかりがあることに驚かされます。それと、男性作家で女性の一人称が抜群にうまい印象があります。
中学から読んでた太宰ですが、多くのことを知り、最近また彼がわからなくなってきました。
23hour_party_peopleさん、コメント、ありがとうございます
>男性作家で女性の一人称が抜群にうまい印象があります。

まったく同感です。
特に『女生徒』なんかは、惚れ惚れします。
  • 2009/07/05 22:20
  • 平林久和
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