Hisakazu Hirabayashi * Official Blogすべての政治家はナルシストである

すべての政治家はナルシストである

  • Day:2009.07.07 09:45
  • Cat:政治
学生、社会人を問わず、私は選挙に行かない若者をたくさん知っている。

「どうして選挙に行かないの?」と質問してみる。
一番多い答えは「行っても行かなくても政治は変わらない」だ。
次は、「政治についてよくわからないから」だ。

短い質問だけの会話をすると、たいていこんな応答が返ってくる。

「行っても行かなくても政治は変わらない」派に対して、オトナたちは正攻法を使う。
真っ向から諭(さと)すのだ。
そうではないのです、その一票に重みがあるのです、と訴える。
これは、選挙管理委員会のサイトやポスターでよく使われている手段だ。

「政治についてよくわからないから」派ついて、ひとつひとつの政党について、選挙管理委員会が説明するわけにはいかない。そこで、どうしていいかわからずに、親しみやすさの演出作戦を採用する。その典型例が、昨日のエントリーで登場してもらった、めいすいくんだろう。

だが、私は選挙に行かない若者のホンネは、ほかのところにあるような気がする。
したがって、その若者たちを啓発するには、ほかの手段をとらなくてはいけないようにも思える。

私は選挙に行かない若者から、
「行っても行かなくても政治は変わらない」
「政治についてよくわからないから」
……という答えとは別の次元で、選挙の立候補者全体への嫌悪感のようなものを感じるときがある。

それはけっして言語化されることがないが、ナルシシズムへの反抗ではなかろうか。そんな深層心理が見え隠れする。

昨日、私は自民党、民主党、共産党……党派にかかわらず、およそ政治家と呼ばれる人の絶対的な共通点があると書いた。

自民党の御年70歳近い道路族の衆議院議員も、30歳になったばかりの共産党の市議会議員も、男性議員も女性議員も、まったく共通している点があると書いた。

所属政党や政策を飛び越えた、圧倒的な類似性が政治家にはあると書いた。

それは……
セクシー浴衣で歌舞伎町を遊説する後藤麻衣都議会議員候補も、自民党総裁候補になることを打診した東国原英夫宮崎県知事も、津島修治の甥にあたる津島雄二衆議院議員も、同類であることを意味する、とも書いた。

では、何が同類か?
これら政治家のすべてをくくることができる共通項は、ナルシストであるという点だ。ナルシストでないと政治家になれない。

ナルシストの根にある、自己愛は大事だ。
自己への愛がなくて、他者への愛は生まれないだろう。
だが、バランスを欠いた自己愛は、行きすぎた自己顕示欲とも隣接している。

簡単に言うと、目立ちたがり。
ポスターをつくり、演説をし、宣伝カーで自分の名を叫ぶ。
立候補と選挙運動という行為は、ナルシシズムの塊にようなものだ。

政治家には元・タレント議員がいる。
政治家には元・スポーツ選手がいる。
政治家には元・アナウンサーがいる。
政治家には元・作家がいる。

これは、至極当たり前のことで、政治家になる資質の重要な要素のひとつにナルシストであることが、含まれていることの証しではなかろうか。

私は、あるときに気づいたのだった。
この国の政治家は、理念や政策なんか関係ない、どんなイデオロギーよりも強烈な、ナルシシズムという「イズム」で結束していると。

私は選挙に行かない若者を、一括して無党派層・無関心層と呼ぶのは、不正確であるように思える。彼ら、彼女たちは反・ナルシシズムという、選挙制度の根幹を揺るがす思想家集団かもしれないとも思うのだ。

2ch掲示板の隠語に、「必死だな」というのがあるが、選挙の立候補者は、まさに必死なナルシスト集団に思え、そんな人々への反発心が、多くの若者たちにとって、選挙を遠い存在にせしめているのではないだろうか。

そして、戦前の大政翼賛会や、隣国の政権ではないが、今の日本はナルシス党による一党独裁なのかもしれない。

Comment

Comment Form
公開設定

Trackback


→ この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
株主優待
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。