Hisakazu Hirabayashi * Official Blog皆と一緒が一番安心

皆と一緒が一番安心



ヒラバヤシさん、ライヤーです。日本は「終戦記念日」「終戦の日」を終えましたね。戦争についての素晴らしい動画CMも観ましたよ。日本のインターネット技術とサービスの進化を感じました。写真で出てくるのは、本当のご家族ですか? ところで、私はあなたとの出会いで印象深いのは「日本のゲーム産業はガラパゴスだ」とお答えいただいたときとともに、こんな質問をしたときでした。私は尋ねました。「戦前・戦後は連合軍諸国(特に米・英)を憎んでいた。なのに、どうして戦後は融和したのか?」「特に米占領軍に『ギブ・ミー・チョコレート』とまで言って順化し、その後、日本に米国式風俗や文化が、なぜ普及したのか?」。これは私の専門分野なので、いろいろな学者や政治家のインタビューをしましたが、あなたのお答えは、もっとも短くて、わかりやすかった。「日本人は皆同じである、という点で変わっていない」。これもまた切れ味のあるお答えでした。





ライヤー博士、つたないCMを誉めていただきありがとうございます。写真は母の兄にあたる伯父の出征時のときのものです。祖母、祖父はもちろん、小学生だったころの母も写っています。

そうでしたね。

私は昔、日本には「鬼畜米英」という言葉があったことや、「ストライク」「セーフ」など野球の専門用語を全部に日本語に変えてしまったことや、音楽の「ドレミファソラシド」を「ハニホヘトイロハ」にしたことなど、戦時下の日本政府はバカげた(Stupid)政策を、いろいろと行ってきたお話をしました。

それなのに、戦争が終わって、9月になると、日本の子どもたちは、教科書の思想的に不適切とGHQが判断した部分を墨で塗りつぶすところから、2学期がはじまったのです。以下は博士のおっしゃる通りで、アメリカ文化が大量移入。アメリカは鬼畜どころか、あこがれの国へと変わっていくのです。

博士ではなくても、これは異常な現象に見えるでしょう。
でも、これは歴史を歴史らしく、時間軸で縦に見るから「豹変」しているかのように思えるのです。

でも、日本人の意識という綿々と続いた長い歴史から見れば、まったく変わっていません。「豹変」どころか「不変」です。

「日本人は皆と一緒」が何よりも優先する判断基準なのです。
皆が、鬼畜米英と言えば、私も言う。
そうしないと皆と同じではなくなるから。
逆に、皆がアメリカのJAZZを聴けば、私も聴く。
それが、皆と一緒の一番安心できる、心のポジションとなるのです。

さらに、この「日本人の皆と一緒志向」は、いつでも、誰にでも、どんな局面にも通底しているのです。

そうですね、うーん、たとえば80年代後半の経済バブル。あれは「皆と一緒志向」で銀行はお金を誰にでも貸し込み、借り手は借りまくり、土地や株を買った。しかし、バブルが崩壊すると、銀行はまったく逆のことをします。いわゆる、「貸しはがし」です。優良企業だろうがなんだろうが、融資した金を返済させる。なぜか? 他の銀行がそうしているから、同じことをしたのです。

戦時中……
戦後……
バブル……
銀行……

だけ、ではありません。
今でも、日本では小学生の子どもから大人の企業社会まで「KY」が重んじられています。最近、たまたま流行語になりましたが、人と違った行動をとらない、「皆と一緒志向」は日本の歴史とともに歩んできたのです。

極論を言います。
「鬼畜米英」と「KY」の根底に流れる日本人の思想は同じなのです。

14歳の眼がとらえた戦争・狂気の時代―「鬼畜米英」から「一億総懴悔」に至る逆転の舞台劇!14歳の眼がとらえた戦争・狂気の時代―「鬼畜米英」から「一億総懴悔」に至る逆転の舞台劇!
(2003/09)
岡 健一

商品詳細を見る


FC2 Blog Ranking

Comment

Comment Form
公開設定

Trackback


→ この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
株主優待
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。