Hisakazu Hirabayashi * Official Blog質問をされる、ということ

質問をされる、ということ

  • Day:2009.08.20 10:11
  • Cat:私…
質問は難しい。
質問されることも難しい。
われわれは漠然と「質問」と言っているが、「質問」は大きく分けて2種類あるかと思う。

……というと、知識のあるビジネスマンは、ああ、あれね、オープンクエスチョンとクローズクエスチョンね、と連想されるのではないだろうか。

「今日のランチは何を食べたいですか?」は、オープンクエスチョン=開かれた質問。
何を食べたいと答えてもいいから、オープン。

「今日のランチはイタリアンでいいですか?」は、クローズクエスチョン=閉ざされた質問。
この質問には「はい」か「いいえ」で答えなくてはいけないから、クローズド。

企業研修、ビジネス雑誌、コーチングの本などによって、質問には2種類あることが、一気にメジャーになった。

ところで、私は一昨日から明日まで総計して約21時間、質問を受ける側になっている。
某企業でのワークショップ、取材、知人からの相談などが、たまたま集中しているのだ。

で、オープンクエスチョンか、クローズクエスチョンか、であるが、私の場合は、あまり気にしていない。あくまでも言葉の流れ程度にしか、考えていない。

それよりも、今、行われた「質問」は、まったく知らないことを尋ねる「郵便局はどこですか?」型の文字通りの質問なのか。

それとも、「質問」の衣をかぶった、質問者があらかじめ用意していた主張のための、きっかけづくりなのか。質問には、この2種類が存在することを、むしろ私は重要視したいし、その違いがわかるようになりたいのだ。

つまり、知りたいという欲求と、自己表現したいという欲求は、正反対のものだから、質問された側は、その欲求にこたえるべきであって、逆なでしてはいけないのではない。

ということは、だ。

この数年で一躍有名になった感がある、オープンクエスチョンとクローズクエスチョンを軸にした質問の二分論は、否定はしないけど、それだけでは不十分なのではなかろうか。

(1)「わからないので教えてください」か。
(2)「私の主張のまえに、お尋ねしておきたいのですが」か。

質問意図の明確化―簡単に言うと「前置き」―の重要性は、もっと強調されたほうが良いと思うのだ。

……と、なかなか立派な訓話をたれているようで、私は質問されると多くを話しすぎている。
失礼・失敬なこともあったかもしれないと反省している、この数日間である。

今の私の課題は、質問に対する応答時間を短くすること。
そうすることによって、上記(1)であれば、多くの質問をお受けすることができるし、(2)であれば会話のバトンを早めに質問者に渡すことができる。

がんばろう、いろいろな工夫をしてみよう。

真の雄弁は雄弁を軽蔑し、真の道徳は道徳を軽蔑する。
哲学を軽蔑することこそ、真に哲学することである。


と、すごいことを言っているのは、パスカル。

Comment

Comment Form
公開設定

Trackback


→ この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
株主優待
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。