Hisakazu Hirabayashi * Official Blogシアトル・マリナーズと任天堂

シアトル・マリナーズと任天堂

昨日、任天堂とイチローを安易に結びつけて書いていた人物がいたけど、あの“私”は自分でも言っていたように素人だ。なんにもわかっちゃいない。

今日は昨日の“私”とは異なる、少しは情報通の“僕”の話を聞いてほしい。

まず、シアトル・マリナーズとは誰のものなのか?
“僕”が解説するとこうなる。

形式的には、Nintendo of Americaとシアトルの投資家グループとで構成されるザ・ベースボール・クラブ・オブ・シアトルという会社が、シアトル・マリナーズを所有している。だから、シアトル・マリナーズは京都にある任天堂という会社の持ち物ではない。

2004年まで、任天堂の山内溥前社長が、チームの共同所有者の一人として名前を連ねていた。
シアトル・マリナーズの本拠地球場である、セーフコ・フィールドの一室には、オーナーとして山内溥前社長の写真が掲げてある、という。

ほら、山内溥といえば任天堂ではないか?
……と昨日の素人っぽい“私”から反論されそうだが、最後まで“僕”の話をよく聞いてほしい。

山内溥と任天堂は違うのだ。
シアトル・マリナーズは、山内溥氏個人との縁が深いのであって、任天堂株式会社とは縁が薄いことをこれから説明していく。そうすればわかってもらえるだろう。

“僕”の話はさかのぼる。
時代は80年代のバブル期に戻る。

ジャパン・アズ・ナンバーワンともてはやされた80年代の日本は、未曾有の好景気を迎え、平然と「金余り現象」などと言われていた。

87年、安田火災海上(当時)は、ゴッホの絵画「ひまわり」を58億円で買った。
89年には、三菱地所がニューヨーク市にあるロックフェラーセンターを、約2200億円で買収した。

ジャパンマネーは世界を飛びかい、ヨーロッパの絵画だろうと、アメリカの建築物だろうと、その歴史的価値や市民の名誉を思いやることなく、無造作に買い漁った時期があった。

その結果、起きたのは、ジャパン・バッシングである。
バッシングは、bash(叩く)の名詞形。そう、日本は叩かれた。

ジャパン・バッシングが起きているさなか。
91年のことだったが、経営危機に瀕した大リーグの球団があった。
それがシアトル・マリナーズだった。
アメリカ北西部唯一のチームだったが、当時のオーナーは、南東部のマイアミにある投資組合への売却を検討していた。

しかし、それを阻止したいワシントン州選出のゴートン上院議員が、シアトルに本社を置くNintendo of Americaの荒川實社長(当時)に対して、買収を要請した。この要請を快諾した山内溥社長は、前述のシアトルの投資家グループとザ・ベースボール・クラブ・オブ・シアトルを結成して、その筆頭出資者となり、シアトル・マリナーズを約1億ドルで買収する意向を示したのだった。

ザ・ベースボール・クラブ・オブ・シアトルの重要人物であるジョン・エリス氏はこう語る。

「娘と義理の息子と孫たちがシアトルに住んでいる、この山内という日本人は、わたしたちのところにやってきて、さあ、お金をどうぞ、といってくれたのです。まったくの無条件で。本当にあっさりと。彼のおかげで、わたしたちはメジャーリーグの球団を所有することができるのです」。

つまり、この局面で山内溥という人物は、経済的な見返りを何も求めていない。
投資家ではなく、篤志家だったのである。
いや、世の中で言われる篤志家よりもさらに奥ゆかしく、名誉欲のかけらさえ持ち合わせなかったようである。

さらに、ここで“僕”が語るべきことはふたつある。
まずひとつは、日本の長者番付上位の常連、山内溥前社長とはいえ、ポケットマネーで1億ドルを払うわけにはいかない。氏は自身が保有する任天堂の株式、15万株を、京都銀行、大和銀行、東海銀行、三和銀行(一部・銀行名は当時)に売却している、ということだ。

アメリカの野球チームを、任天堂という利益追求集団たる株式会社が、「経済的な見返りを何も求めない」で取得することは、筋が通らない。

ゆえに、出資金の出所は、山内溥前社長個人でなくてはならなかったのである。そのために、山内溥前社長は自社株を売却するという、まさに身を切るような思いをしてまで、出資金を捻出したのである。

もうひとつ語るべきことは、本当の困難はこの先にあったということだ。
シアトルの上院議員からの要請があった、それを快諾して資金調達をした、お金は出しても口は出さないことも宣言した……にもかかわらず、山内溥前社長とNintendo of Americaは、やらなくてはいけない困難なことが待ち受けていた。

日本企業が大リーグ球団の所有権を持つという前代未聞のことを成し遂げるには、アメリカの球界、具体的にはコミッショナーや球団オーナー会議の承認を取りつけることが必要だったのである。これは、山を動かすことほどに大変な行為だ。

“僕”のような気の短い人間なら怒るところである。
頼まれた。快諾した。株を売って資金をつくった。
それでもアメリカ社会の掟で、十分な説明と理解を得なくてはいけない、と言われる。
ところが、その説明をしようにも「面会を申し込んでも会ってくれない」というような、バッシングにも会ってしまう……Oh no! である。

それでも、山内溥前社長とその周辺スタッフたちは、粘り強く交渉を行った。
この交渉過程は、原題“Negotiation Skill”、邦題『交渉術』という1冊の本になるほどの苦難の未知が続いたのだ。

(つづく)

NegotiationSkill.jpg

 交渉術―任天堂、大リーグを買う

book.jpg

Comment

すごい展開になってきました、ガンバッテください
はじめから計算されていて、プレイステーション3から任天堂からイチローから、シアトルマリナーズの話になってきたのですね。この次の展開を楽しみにしています。

今回のマリナーズの話だけでも、ためになりました。
こんなにわかりやくて、鋭い文章がただで読めるのが不思議なくらい。

応援しています。
ガンバッテください。
  • 2009/09/09 00:15
  • 僕か私か
  • URL
任天堂の社員は知っているのでしょうか?
任天堂とお取り引きさせていただいているゲーム業界人です。

これだけの歴史を任天堂社員の方はご存知でしょうか?
ふと、疑問に思いました。

ただ、山内前社長はすごい。
現・岩田社長もすごい。

知るや考えることをしないで、右向け右で経営者の言うことをきいているように見えることがあります。
  • 2009/09/09 00:32
  • ゲーム業界人です
  • URL
僕か私かさん、コメント、ありがとうございます
身に余るお言葉。
応援のお声をかけてくださり、ありがとうございます。

>はじめから計算されていて~

はい。
構成は考えていました。
一直線で書くと、書いていてつまらないものになってしまって、あえて、あちこちに話が飛ぶようにはしています。

でも、言いたいことの「核(コア)」は決まっていますが、この先どうフィニッシュさせるのか、思案中です。

またのお越しをお待ちしております。
ありがとうございました。
ゲーム業界人ですさん、コメント、ありがとうございます
お答えするのが難しいご質問ですね。

>これだけの歴史を任天堂社員の方はご存知でしょうか?

以下は私の推測した見解であることを、まずお断り申し上げます。マリナーズのことは、本エントリーにもあるように、任天堂という法人格とは切り離れたことなので、知る人は少ないと思われます。私の知る限り山内社長は、上記の篤志家としての行為を吹聴なさるようなお人柄ではありません。ただ、上記の「交渉術」を読めば、任天堂社員ならずとも知り得る情報であります。

>右向け右で経営者の言うことをきいているように見えることがあります。

これは多かれ少なかれ、業界を問わず、どの企業でも起きている現象かと思います。各論のご質問を一般論にしてしまってすみません。ただ、こういう会社って普通は「ワンマン企業」と呼ばれ、「軍隊みたい」と比喩されますよね。ところが任天堂というのは不思議な会社で、「ワンマン企業」「軍隊みたい」のイメージがありません。軍隊とはほど遠い、空気は静かに流れ、のんびりとした雰囲気がありませんか。

これはヘンな印象、それとも偏見だったら失礼なのことですが、私のような関東者から見ると、鎌倉幕府以降の武家社会的=軍隊ではないんです。平安貴族っぽいんです。兵士が将軍の言うことをきいているのではなく、貴族や貴族の子弟が時の天皇や公卿の意向に、ゆるりとしたがっている感じがします。以上、非常に個人的、かつ主観的な見解でした。
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