Hisakazu Hirabayashi * Official Blogネット情報にタイトルはいらない

ネット情報にタイトルはいらない

『Twitter社会論』をお書きになった津田大介氏は、私の知人である。
財団法人デジタルコンテンツ協会発行「デジタルコンテンツ白書」編集委員を、私も彼も拝命している。そんな関係で定例会議、発刊セミナーなどでは、隣席に座ることもある間柄だ。

お人柄が誠実であること。
現場の知識が豊富であること。
と、同時にそれを概念としてまとめるお力が卓抜されていること。
「話す」「書く」の表現力も魅了的であること。
ビジョナリー的な視点を常にお持ちであること。

まとめると、
「まじめで、物知り。でも事例に振り回されない発信者で先を読んでいる方」。
一緒にお仕事をさせていただいて、そんな印象を持っている。

しかし、個人的な友人と呼べる仲ではない。
一緒に食事をしたことがない、というか、そういう機会がなかった。

そんな著者との関係がある人物が、本書についてつぶやいてみたい。
私はここで体裁が整った、いかにも書評を書こうと思っていない。
ただ、思ったことを書こうとしている。

本書をすでに読んだ人も、津田さんも意外かもしれないが、私が最も印象に残ったのは、第2章51ページ「ネット情報にタイトルはいらない!?」だった。

たとえば、SNSなどではタイトル(見出し)が表示され、それが気になれば本文が表示される仕組みになっている。ところがTwitterでは140字の字数制限もあるが、タイトルがなくても言いたいことはわかる、という趣旨のことが書かれている。

まず本文がある。純粋な善意を根ざして考えれば「わかりやすい要約をつける」、商売っ気で考えれば「読者の気をひく煽り文句を入れる」。それがタイトル(見出し)が果たす一般的な役割である。

出版社育ちの私は、それが当然のことを思っていて、SNSにかかわらず他のインターネット上メディアでも、まったく違和感がなかったし、Twitterをはじめて見たときにも、そこに特徴があるとは気づかなかった。すごい発見を見せつけられた思いがした。

ちなみに同書の発行人である石井慎二・洋泉社社長は、元別冊宝島の名編集長で、私が宝島社に入社したときのスーパースターのような存在だった。タイトル、見出し、煽り文句をつける名人のような方である。新入社員の時、研修をしてくださった先生でもある。その方の元でお書きになった本で、私がタイトル不要論にしびれるというのは、なんとも不思議な結びつきである。

ディテールから入りすぎ?
ともあれ、自分自身はともかく第2章51ページから触発されるものがあった。
第2版では、「ネット情報にタイトルはいらない!?」の「!?」をはずしてもよいのではないだろうか、とちょっとつぶやいてみる。

(つづく)

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