torne(トルネ)は突発的なできごとではない
- Day:2010.01.15 01:22
- Cat:ゲーム
との発表があった。ソニー・コンピュータエンタテインメントジャパン(SCEJ)は、ホームエンタテインメントシステムとしての「プレイステーション3」の魅力をさらに拡げる専用周辺機器として、地上デジタルチューナーと視聴・録画アプリケーションをセットにしたPS3R専用地上デジタルレコーダーキット『torne(トルネ)』を、希望小売価格9,980円(税込)にて2010年3月より発売いたします。
専用サイトもオープンした。以後、ニュースサイトで続々報道され、2ch掲示板やTwitterなどのネットワークメディアを通じて、この報は一気に広まった。
私の感想はというと、まったくもって冷静だった。
驚くことでもなんでもない。
この日がやってくることは、約17年前に予測がついていた。ソニー株式会社は、プレイステーションを発売することを決めた。と、同時に同機はソニー本体ではなく、新会社を設立して発売することになった。その企業の名前は、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)だった。プレイステーションはゲーム機だったが、社名はソニー・ゲームズではなかった。プレイステーションの将来像が、ゲーム機ではないことは明白だった。この予測は、ソニー銀行が銀行業務をやることを想像するくらいに簡単なことだ。
さらに、である。
プレイステーションの発売の前週に、日本工業新聞の記事を書くために、私はソニー・コンピュータエンタテインメントを訪問して取材している。当時、広報責任者だった佐伯雅司プロモーション企画部次長(肩書きは当時/以下インタビュー記事も)が対応してくださり、次のように答えている。
佐伯 ソニーがやりたかったのはデジタル映像のシンセサイズです。テレビ番組『進め!電波少年』をご存じですか? あのリアルタイムCGはソニーの「システムG」という技術によって開発されています。この技術を家庭で再現し、エンタテインメントに応用したいと考えたのです。その技術者が、現在SCEの開発担当取締役をしている久多良木健であり、生まれた製品が今週発売するプレイステーションというわけです。プレイステーションのことを「3D表現がすぐれたゲーム機」とおっしゃる方がいます。けど、メーカーサイドの思い入れを言わせてもらえば、あれは「家庭向けエンタテインメント用のデジタル映像のシンセサイザー」なんです。
平林 「デジタル映像のシンセサイズ」という発想からプレイステーションは設計された点についてはわかりました。ではその後、SCEが設立するまでの経緯は? どうしてソニーグループが次世代ゲーム機を発売するようになったのか、興味があります。
佐伯 久多良木(SCE取締役)の発想――。デジタル映像のシンセサイズというのが、ハード側の発想だとすれば、ソフト側にも同じようなことを考えている人がいました。その代表的な人物が、当時はソニー・ミュージックエンタテインメントにおり、現在はSCEの副社長である丸山茂雄でした。ハード同様、ソフトもデジタル化の流れは急速に進んでいる。たとえば、レコードをつくる際にフルオーケストラをスタジオに招いていたのが、シンセサイザーの登場でガラッと変わったのです。今、スタジオと呼んでいるのは、コンピュータールームに等しいんですね。そんな変わり様を目の当たりに見てきた丸山たちは、「これからのエンタテインメント・ソフトはデジタルにある」ことを、大いに確信していたわけです。
上の動画はインタビュー中に出てくる、『進め!電波少年』の一場面。背景のCGと実写の合成、またその変形や映像効果(エフェクト)をリアルタイムに制御しているのが放送機器「システムG」だった。
なお、このインタビューは現・静岡大学情報学部の赤尾晃一准教授と共著の書籍『ゲームの大學』、195ページに収録されている。
ともあれ、この設立経緯からもわかるように、ソニー・コンピュータエンタテインメントの創業時の幹部たちは、ゲームを軽視しているわけではない。むしろ、ゲームを重視して市場参入したわけだが、その先を見ていたことは確かなのである。
もう少し、時間を進めよう。
そのプレイステーションが日本国内だけでも2000万台売れるほどの大成功を収めた。
後継機種、プレイステーション2を発売するにあたって、当時の久多良木社長は下写真を使ったプレゼンテーションを行った。場所は都内のホテル、99年9月のことだった。
The PlayStation Visionと題してプレイステーションビジネスの長期戦略が語られ、この場でも明確に、Networked Digital Entertainmentを目指すと宣言されている。

プレイステーション2を持っている人は多いだろう。
もし、ゲームソフトを挿入しないで起動するとどんな画面が現れたか?
黒い画面をバックに「ブラウザ」との表示がされるはずだ。けっして「ゲームディスクが挿入されていません」といったエラーメッセージは出なかった。すなわち、プレイステーション2の設計段階からして、パッケージソフトに頼らない、Networked Digital Entertainment市場の拡大を狙っていたのである。
くどくなるが、もう一枚の写真。
これはプレイステーション3が発売される前年の2005年のE3で公開された。

Super Computer
for Computer Entertainment.
と、プレイステーション3のコンセプトが晴れがましく発表されている。
この場でも、「すごいゲーム機をつくりますよ」と、ゲーム機に限定したプレゼンテーションをしていない。
もちろんゲームソフトが作動するマシンをつくったが、その用途は、はるか先を見ている。
私は何を言いたいか。
『torne(トルネ)』は驚くことでもなんでもない。
ソニー・ゲームズではなく、ソニー・コンピュータエンタテインメントと呼ばれる会社が、ようやく出すべくして出すことになった製品が、昨日発表されたのだと思う。『torne(トルネ)』はどんな歴史の延長線上にあるものか、念入りに語ったが、まったく各論に入っていない。
これではあまりにも締まらないので、簡潔な感想を述べる。
『torne(トルネ)』のビジネスは成功するだろう。
(つづく)