Hisakazu Hirabayashi * Official Blog見と書いて「けん」と読み、見したい春

見と書いて「けん」と読み、見したい春

太宰治の『女生徒』のような繊細な小説が好きなのに、そのいっぽうで阿佐田哲也の豪放なギャンブル小説も好きだ。

阿佐田哲也の小説、エッセイを読んでいると、いたるところに「見」という専門用語が出てくる。「見」と書いて「けん」と読む。勝負の流れが読めないとき、自分が劣勢になっているとき、運気の変わり目のとき。いつもと同じように賭けるのではなく、小休止して様子を眺める。冷静になる。客観的になる。そんな時に「見」をする。

昨日のエントリーで、曖昧に「今年は来年のための今年である」などと書いたけど、それも一種の「見」だと思っていただきたい。

たとえば、身近な例。
現在、サンフランシスコでGame Developers Conference 2010が行われている。Social&Online Games Summit、いわゆるソーシャル・アプリのカンファレンスが盛況だった、とレポートされている。これは、ゲーム開発者(Game Developers)が、小さな規模の開発を求めていることのあらわれだろう。別の言い方をすれば、従来の据置型・携帯型コンシューマゲーム機のソフトウェア開発には費用がかかりすぎる。その反動が起きているのかもしれない。だが、こうした流れに乗るのか、逆らうのかは別として、任天堂はニンテンドーDSの後継機を発表する、との噂は絶えない。

他にも……
この話題も以前に触れたが、電子出版や新聞の電子化はどうなるのか?
iPadは売れるのか? Androidは?
話は急に政治に飛ぶが、普天間基地問題はどうなるのか?
参議院選挙前に政界再編は起こるのか?

どうなるのか、わからない。
変数がゴロゴロと転がっている今の日本、2010年、特に3月。

再び身近な話に戻そう。
あるIT業界の社長(従業員数約50名)から相談された。
新規事業を思いついた。これを実現するためには、銀行から融資を受けてでも社員を増員したい。だが、その新規事業に見込みがないなら、約10~15名の人員削減をしなくてはいけない。どうしよう?

今は賭けに出るタイミングではなく、「見」が重要と言いたい。
条件が出そろってから作戦を立てたい。そのほうが有利に決まっている。
だが、企業は動いている。
私がご助言したことは、ここで細かくは書けないが、ブラックジャックの用語でいうところのインシュランスを意識したプランにした。

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