Hisakazu Hirabayashi * Official Blog3月31日、辞める人、ふたり

3月31日、辞める人、ふたり

3月31日です。
今日を限りに「辞める」人がいます。
私の身近な人です。

しかも、ふたりいます。
このブログにも何度か登場している、私にとってかけがえのない年下の友人です。
2年前の春、私は人生ではじめての入院を経験しました。
ふたりとも、その時にも足繁く病院に来てくれ、何かと気づかってくれました。

ひとりは「辞める」ことについて、迷っていました。
ある日曜日の午後、私の自宅にまで来て、その悩みや迷いを打ち明けてくれました。

今までだったら、「好きなことを選んだほうがいいよ」と言ってきた私ですが、少々きついことを言ったかもしれません。好きなことと、好きでないことの折り合いをつけること。それもまた、大切なことかと思ったからです。でも、それは的外れな助言だったようです。あとで知ったことですが、彼は以下の一編の詩を引きあいにして、自分の人生を決断しようとしていたのです。紹介します。



『病者の祈り』

大事をなそうとして
力を与えてほしいと神に求めたのに
慎み深く従順であるようにと
弱さを授かった

より偉大なことができるように
健康を求めたのに
より良きことができるようにと
病弱を与えられた

幸せになろうとして
富を求めたのに
賢明であるようにと
貧困を授かった

世の人々の賞賛を得ようとして
権力を求めたのに
神の前にひざまずくようにと
無力を授かった

人生を享楽しようとして
あらゆるものを求めたのに
あらゆることを喜べるようにと
生命を授かった

求めたものは一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞きとどけられた
神の意にそわぬ者であるにもかかわらず
心の中の言い表せない祈りはすべてかなえられた
わたしはあらゆる人の中でもっとも豊かに祝福されたのだ

神は、私が必要とすることを一番よく知っておられる
願わくば、神に賛美され、祝福されますように

(ニューヨーク・リハビリテーション研究所の壁に刻まれた、作者不明の恐らく重病患者の詩)


もうひとりに迷いはありませんでした。
潔い決断がありました。
彼は学生時代に、私が薦めた会社で働き、あと何年かすれば勤続20年というキャリアを積んだ、優秀な人物です。

ところが、某日「3月31日付で退社することになりました」と報告をされました。
私は……慰留したそうな顔をしたのでしょう。
その時、とっさに、こう言われました。
「平林さん、辞めることが決断ではなかったんです。会社に残ることが決断だから辞めることにしました」。
こう言われてしまうと、何も言い返すことができず、場所は路上でしたが、ただ握手するのが精一杯でした。

ふたりとは別れるわけではないので、寂しくはありません。
ましてや、美しい迷いと決断の末に決めたこと、良き人生の節目であることを、私は疑いもしていません。
でも、大切な人がくしくも同じ日に辞める、2010年3月31日。
かなり感傷的になっています。

Comment

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  • 2010/03/31 01:09
この詩は…

知人の精神科の病院の壁に貼られています。

心の病に苦しむ方々に向けて…

自殺問題のエキスパートでもある院長が…

自らお貼りになられました。

まるで聖書の一節のような詩…

自分自身の人生をまるごと受け入れる勇気

始めて、この詩を読んだ時

大粒の涙が溢れたのを覚えています。

この詩を選ばれた方は…

きっと…

ご自身を選択されたのでしょうね…

会社でも、仕事でもなく

自分自身をね…


  • 2010/03/31 01:55
  • 野良女
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2010/03/31 04:13
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