Hisakazu Hirabayashi * Official Blog人間はふたつ分けて、勝ち負け決めるのが好きな動物である

人間はふたつ分けて、勝ち負け決めるのが好きな動物である

東京ゲームショウは、すでにはじまったようです。
幕張会場では何も行われていませんが、海外からのビジターが集まるレセプションが行われ、記者の方たちの予備取材が進んでいます。

パーティでの雑談も、お固い取材でも、よく語られる話題は……
あっさりと言ってしまうと……

パッケージソフトはダメで、ソーシャルアプリは良い!

また、この記事のことも、よく引用されます。
ものすごくわかりやい対立の図式を設定し、ものすごくわかりやすい勝敗の予測を述べています。
30歳代前半までの私だったら、こういう安易な言説を見聞きすると、目つきがキリッとなったでしょう。
机を叩く、という悪い癖もありました。

でも、今ではやっと感情に流されず、おこがましい物言いですが、達観らしきことができるようになりました。

「これも人間の逃れられない性(さが)なのだろうな」などと思うことにしています。

パーティでの会話では「そうですね、ソーシャルアプリのCMは多いですね」と会話を流すことにし、取材では私の意見を言うまえに、インタビューなさる方の考えを聞くことに徹し、「どうしてそうお考えになるのですか?」などと、逆取材をさせていただいております。

では、私のホンネはどこにあるのか?
「地元の有権者の方や、両候補の政策を最後まで聞いてから判断するつもりです」。
(↑冗談通じてください)

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  • 2010/09/14 11:34
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  • 2010/09/14 15:04
最近、思うこと
こんにちわ。
記事にある「パッケージソフトは~」のように要するに”新しい”が正義、みたいな
流れでゲーム業界は語られてきた感があります。
また、これも今にはじまったことではないですが任天堂vs何々や、日本のゲームvs
外国のゲームなどと色分けして、ほとんどがお互いの不毛な批判を繰り返しています。
(批判を批評と思い込んでいる人、メーカーが、どれだけ多いことか…)
そもそも、ゲームがキライなの?と勘ぐりたくなるくらいです。

正直、もうそんな下らないステージをクリアして次のステージに進もうよ。
と、最近は特にそう思うのです。そしてこの記事を読み、ますますそう思いました。
  • 2010/09/17 11:57
  • あかみどり
  • URL
元小売・流通関係者からの視点です。
おはようございます。

テレビゲームの元小売・流通関係者としての意見です。

まずソーシャルアプリ、ゲームについて自分の考えを述べさせて頂きます。

いまのソーシャル、アプリゲームの隆盛は一時的なものだと思っていて、最終的にクラウドコンピュータを使ったゲームに取って代わられると思います。その過渡期に今いるのだと見ています。

ソーシャル、アプリゲームの未来の役割は、将来訪れるクラウドゲームの布石となることだと思います。そういった意味でいま人気のGREE、モバゲーなどのソーシャルゲーム市場は将来的に停滞か縮小すると見ています。

従来の携帯電話から、スマートフォンへ移行する過程の中でその変化が訪れると予測しています。ただ、携帯電話からスマートフォンに移行することにユーザーニーズが介在していないような点が気になります。テレビがアナログから地上波デジタルに移行するように、国、企業の論理でユーザーの意見を無視して事が前に進んでいる様に見えることに危惧を感じます。

次にパッケージソフトについて述べさせて頂きます

私情が入りますが、パッケージソフトについては無くならないと思っていますし、また無くしてはいけないと思っています。販売チャンネルを減らすことは得策ではありません。世の中には様々な価値観を持った方がいます。PSPgoが登場して1年、ダウンロードが主流になることが出来なかったのは、パッケージソフトがユーザーにとって、まだメリットが大きい証拠だと思います。もちろんそれが今後も継続するとも思ってはいません、棲み分けになるのだろうと思っています。小売・流通はまたプレイステーションの登場時に起きた、大きな変革・淘汰・再編にさらされると見ています。

この言葉を使うことに大きな嫌悪を感じますが、世界を勝ち組と負け組に分け、勝ち組の論理を負け組に押しつけることは、負け組にとっては侵略行為以外のなにものでもありません。生活に直結することであれば負け組は受け入れざるを得ませんが、それが娯楽ではあれば「じゃあテレビゲーム以外の娯楽を探そう」となってしまいます。結果的に総ユーザー数の減少を招いてしまいます。そのあと更に勝ち組の中から、勝ちと負けを分けどんどんニッチな方向に進むことは容易に想像がつきます。

いまのテレビゲーム世界の論調はソーシャル、アプリゲームが勝ち組で、パッケージソフトは負け組となっています。果たしてそうなのでしょうか?世界がソーシャルゲームだけになってしまうと、同じ100万本の販売でもソーシャル、アプリゲームの単価と、パッケージソフトの単価は大きく異なります。単価の低下は売上と利益に直結します。大手メーカーはなんとかなると思いますが、中小のメーカーはますます苦しくなるでしょう。外注専門の開発会社は立ちゆかなくなるのではないのでしょうか?

大切なのはソーシャル、アプリゲームとパッケージソフトの共存です。帝国主義的にどちらかが覇権を握ることではありません。メーカーはソーシャルゲームをテレビゲームへの入門手段の一つだと捉えることだと思います。その上でソーシャル、アプリゲームに適したゲームを制作して、またパッケージソフトへの導入口としても扱って、そのソフトに興味を持ってくれたユーザーがパッケージソフトを買ってくれる様に繋げることが理想だと考えます。

ソーシャル、アプリゲームがマスなのに対して、パッケージソフトがニッチなのは否めません。ただニッチが生存するためには、マスが広くないと生きていけません。

ソーシャル、アプリゲームの文化、パッケージゲームの文化。その文化をそれぞれの小世界として、テレビゲームという世界で捉える。そういった目線が必要だと思います。

様々な(テレビゲーム以外のものを含めて)ゲームという世界を広げることが肝心です。その中で多くの文化を認めて多様な世界にすることが大切だと思います。

メーカーはテレビゲームという世界について、もっと柔軟な発想と寛容な姿勢を見せる必要があると思っています。任天堂の前社長である山内博さんは「いつまでゲームを作ってるんだ」と発言されたことがあります。僕もまったくその通りだと思っています。

結論として、ユーザーも小売・流通もメーカーも、テレビゲームという世界をもっと高い視点から眺めて善悪二元論ではなく、中位で居続けることが大切だと考えています。そしてその中の小世界であるお互いの文化、価値観を認め合うことが、なりより大切だと思います。

僕自身、テレビゲームと一緒に育ってきました。テレビゲームがなくなることはありませんが、その未来が狭くなることに大きな悲しみを感じています。

長々と失礼致しました。
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